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2021-03-04 15:19 12 comments

481 二重起訴どころか1000重起訴!

引用元 

裁判所の認容判決群は、懲戒ビジネスの応援団ということだ。

司法汚染ここに極まれりだね。


令和2年(ワ)第13259号 損害賠償請求事件

原告 佐々木亮、北周士

被告 17名


準備書面4


東京地方裁判所民事第4部合議B係御中

               

(被告B)代理人

                     弁護士 江 頭  節 子


一、弁護士会の不法行為の介在と懲戒請求の不法行為性

 

第1 はじめに ~問題の所在~       

 本件は、弁護士会に送られた懲戒請求書について、その受取人ではない対象弁護士が懲戒請求者に対し不法行為に基づく損害賠償を求める事件である。

本件はいわゆる「大量懲戒請求」の事案であり、名前を明記して懲戒請求された対象弁護士は全国に100名を超えるが、うち数名だけ(本件原告ら含む)が本件と同種の請求を約1000人の懲戒請求者全員(和解者除く)に行った。原告らは各々、既に少なくとも100万円以上の損害賠償金を懲戒請求者から受領し、残る懲戒請求者全員に対し、本件と同種の訴訟を大量提訴し、一部を除きほとんどが認容判決となっている(「認容判決群」)。

その結果、請求する慰謝料の総額は原告一人につき3億円、認容総額も、最低で1万円という判決が出ているがこれを基準としても1000万円に上る計算になる。正に懲戒ビジネスである。

懲戒請求書が全国の1000人から原告らの事務所に送り付けられたのなら、損害が1000個とされるのもわかるが、懲戒請求書は弁護士会に送られたのである。記載された懲戒事由は各原告毎に全て同一であるから、懲戒手続きで取り扱われた事案としては一つであるのに、一つの手続きによって1000万円とか億とかの損害が発生する、しかもそれが全て純粋な慰謝料というのは、一般人の社会通念に照らしても、法律実務の常識からしても、明らかにおかしい。

このおかしな原因は、弁護士会が対象弁護士に対して犯した不法行為を見過ごし、弁護士会の不法行為によって生じた損害を、あたかも懲戒請求者の行為によって生じたかの如く誤って認定したことにある。

その誤りの根本には、弁護士会と裁判所が、弁護士法上の懲戒処分の法的性質(懲戒請求者毎ではなく事案毎に1個の行政処分であること。それに向けての懲戒手続きも事案毎に1個であること)についての根本的理解を欠いたこと、弁護士会が個人情報の違法な第三者提供をしたことで発生した損害を懲戒請求者に帰したこと、不法行為の要件を定める民法709条と、懲戒請求の不法行為性を判示した平成19年判決(最高裁平成19年4月24日第三小法廷判決、民集61巻3号1102頁)の理解を誤ったことがある。以下、詳述する。


第2 懲戒手続きの法的性質についての理解の欠如

~「弁明の負担」「名誉感情の傷付き」の損害と相当因果関係~

1 はじめに

 認容判決群は、懲戒請求は懲戒請求者1名ごとに1件立件され、懲戒請求者が1000人いれば1000件の懲戒手続きが立件されると考えていることが伺える。

 それは弁護士会がそのような運用をしており、裁判所もそれに引きずられているからだが、それは弁護士法上の懲戒手続きの理解を根本的に誤ったものである。その誤りが、懲戒請求者毎に損害が発生するとして、億単位の賠償金を発生させている懲戒ビジネスの根源である。

懲戒手続きは特定された懲戒事由ないし「事案」ごとに1件であり、同一の「事案」について懲戒請求者が何百人いようと、手続きは1つだけであり、単に異議の申出権のある者が数百人いるというだけである。その根本を弁護士会も裁判所もわかっていないので、以下詳述する。


2 他士業の懲戒処分と同種の制度であること

 被告Bの準備書面2の4~5頁で詳述したとおり、他士業及び弁護士に対する懲戒処分は、国家資格職の非行に対する行政処分であり、広く一般から懲戒事由にかかる情報を受け付ける制度が他士業と弁護士に共通して存在する。

そうである以上、立法者が、他士業と弁護士とで、その手続きの法的性質に天地の差をつけたとは到底考えられない。

もちろん、弁護士法には、懲戒請求者に異議の申出権を付与するなど、他に見られない特別な規定があるが(弁護士法64条等)、これは弁護士だけが弁護士自治を付与され、弁護士が弁護士を裁く制度となっているため、内輪での揉み消しの弊害を防止するための規定に過ぎない。懲戒処分が、処分権者がその監督権限に基づき被処分者に課す行政処分であり、外部からの情報提供は調査の端緒に過ぎないという制度の本質は、他の資格職と何ら変わらない。


3 弁護士会だけが懲戒ビジネスが可能な理由

(1)「事案」は民訴の訴訟物、刑訴の訴因

 弁護士会の懲戒制度だけが異常なのは、弁護士法58条2項及び同法64条の7第1項1号の「事案」の解釈を誤って運用し、認容判決群もその誤りに基づいて判断しているからである。

 同法58条2項は、「弁護士会は、所属の弁護士(中略)について、(中略)前項の請求があつたときは、懲戒の手続に付し、綱紀委員会に事案の調査をさせなければならない。」と規定し、同法64条の7第1項1号は、弁護士会は綱紀委員会に事案の調査をさせたときはその旨及び「事案の内容」を対象弁護士に通知しなければならないと定める。

 弁護士に対する懲戒処分は、被処分者に不利益を課す行政処分であり(最高裁昭和42年9月27日大法廷判決)、言うまでもなく、一人の対象弁護士に対し一つの懲戒事由たる行為について課すことができる懲戒処分は、一つだけである。当然、その一つの処分に向けて行われる手続きも一つだけである。

 したがって、同法58条2項及び64条の7第1項1号にいう「事案」とは、一人の対象弁護士の一つの懲戒事由たる行為であって、民事訴訟で言えば請求原因事実により特定された訴訟物、刑事訴訟で言えば訴因に当たる、手続きの対象たる事項である。これを特定することで、手続きの重複や処分の繰り返しを避ける機能を有し(二重起訴の禁止、既判力等)、対象者に防御の対象や範囲を明示する機能を有する。

 同一の懲戒事由について複数人から懲戒請求がなされても、それで事案が複数になるわけではないし、同一の事由に基づき複数の手続きを行ったり複数の懲戒処分を課すことができるわけではない。

 したがって、本件のように同一の懲戒請求書が複数、時を前後して弁護士会に送られた場合、同法64条の7第1項1号に基づき「事案の内容」を対象弁護士に文書で通知しなければならないのは、最初の懲戒請求書について懲戒事由たる対象者の行為を特定して懲戒手続きに付した時、ただ1回だけである。


(2)審理の対象となる行為の特定

 対象者の行為を特定する必要があるのは、懲戒事由の異同を識別する必要があり、また対象弁護士に防御の対象を明示する必要があるからである。

 本件のように、会長声明に賛同しその活動を推進したというだけでは、あいまい漠然とし過ぎて、いつのどの行為が対象か特定されているとは言えない。これが訴状であれば必ず訴状審査に引っ掛かり、行為を特定するよう補正指示が出て、補正がなされなければ訴状却下で終りであろう。

 また本件では、その特定された行為がなぜ非行に当たると思料されるのかの説明も、懲戒請求者に求める必要があろう(弁護士法70条の7)。被告らは、非行と思料した事実上法律上の根拠を、令和2年9月18日付「準備書面2」の「三」の「第3」「第4」(17~25頁)、で詳細に説明したが、そのような説明は本来、同法64条の7第1項1号に基づき対象弁護士に「事案の内容」の通知をする前に、懲戒請求者に求めるべきものである。そうしていれば、1000人もいた懲戒請求者の誰か(被告含む)は同旨の説明をし得た。そうしていれば、綱紀委員会は賛同しなかったかも知れないが、少なくとも懲戒請求が「事実上法律上の根拠がないことが一見して明らか」などと言われて提訴されることは無かったはずである。

 このように、弁護士会がいまだ対象行為を特定していないにも関わらず、懲戒請求書記載の文言をそのまま対象弁護士に「事案」として通知したことは、同法64条の7第1項1号の「事案」の解釈適用を誤ったものである。


(3)1つの「事案」を二重起訴ならぬ1000重起訴

 さらに、最初の懲戒請求書によって事案が懲戒手続きに載せられ綱紀委員会の調査に付された以上、その後(2通目以降)の懲戒請求書が何百通来ても、それは最初の懲戒請求によって開始された懲戒手続きの懲戒請求者の数が増えたというだけであって、新たに別の懲戒手続きが開始されるわけではないから、後続の懲戒請求書の受理は同法64条の7第1項1号に基づき「事案の内容」の通知をする場合に該当しない。手続きは一つ、綱紀委員会の議決も弁護士会の決定も一つである。

 もちろん、懲戒処分が行政処分である以上、余りに当然のことなので弁護士法はいちいち書いていないが、いったん弁護士会の懲戒しない決定が出て手続きが終了した後に、他の者から後発の懲戒請求書が届いても、同一の事案であるから、再び調査すべき特段の事由がないかぎり(先行の懲戒しない決定が偽造証拠に基づいていた等)、再起して懲戒手続きを開始することはないはずである。

このように弁護士法上の懲戒手続きは、「事案」単位で識別・管理される行政処分手続きである(ちょうど民事訴訟が訴訟物単位、刑事訴訟が訴因単位で、異同を識別し、二重起訴や既判力や一事不再理の基準としているのと同じである)。

本件は同一の懲戒請求書による同一の「事案」であるから、「事案」の個数は一つである。仮に事案番号をつけるとすれば、一つの事案番号のはずである。

ところが東京弁護士会は、懲戒請求者ごとに異なる「事案番号」を付している(甲13の1、甲16ないし24)。懲戒請求者の数だけ「事案番号」があるのである。これは本来「懲戒請求者番号」とすべきものである。

確かに「懲戒請求者番号」を付して管理する必要はある。弁護士法上、懲戒請求者には異議の申出(64条)及び綱紀審査の申出(64条の3)の権利が認められ、このために弁護士会と日弁連は懲戒請求者に通知を発する義務があり(64条の7)、また必要なときは懲戒請求者に説明を求めることもできるからである(70条の7、67条3項、71条の6)。しかしこれは弁護士会と懲戒請求者との間の手続き上の管理に属する事柄であって、弁護士会と対象弁護士との間の「事案」をめぐる懲戒手続きとは直接関係が無い。

ところが東京弁護士会は、「懲戒請求者番号」と呼ぶべきものを「事案番号」と呼んでいることから伺えるとおり、同一の懲戒事由であっても懲戒請求者ごとに一つの「事案」であると解釈し、1000人の懲戒請求者がいれば1000個の「事案」があるとして運用し処理してきた。だから、本来同一の「事案」であり一つの懲戒手続きであるにもかかわらず、1000枚の懲戒請求書の束をそのまま対象弁護士に送りつけるという、弁護士法64条の7第1項1号に違反する行為を行ったのである。


(4)弁護士会の1000重起訴が損害1000倍の原因である

 以上が、本来一つの手続きであるにもかかわらず、懲戒請求者の数だけ損害が発生し懲戒ビジネスが可能になるカラクリである。

懲戒請求者が個々に懲戒請求書を対象弁護士に直接送り付けたなら、懲戒請求者の数だけ損害が発生することも理解できるが、全ての懲戒請求書は弁護士会に送られ、一つの「事案」として統合されるのであるから、対象弁護士に仮に損害が発生するとしても、一つの損害である。

それなのに損害が1000倍に膨れ上がったとするならば、それは弁護士会が違法な1000重起訴をしたことに因るものである。したがって、もしその損害が受忍限度を超えるものであるならば、弁護士会が対象弁護士に不法行為責任を負うものである。それは懲戒請求者らには何の関係もない。

認容判決群は、懲戒処分が行政処分であり、一つの「事案」については一つの手続きしかあり得ないことを無視した点で、弁護士会同様、弁護士法58条2項及び64条の7第1項1号の解釈適用を誤ったものである。 


4 本件懲戒手続きの正しい弁護士法解釈に基づく事実経過

(1)はじめに

弁護士法を正しく解釈すれば、本件の事実経過は次のように認定されなければならない。必要に応じて弁護士法上の根拠を説明する。御庁におかれては、判決で必ず次の事実を認定されたい。


(2)懲戒手続きの開始から終了まで

ア 本件懲戒請求1は、原告佐々木を対象弁護士として、会長声明賛同推進を懲戒事由として、懲戒処分をすることを求めるものである。

会長声明賛同推進を懲戒事由として原告佐々木を懲戒するか否かの件が、本件の弁護士法58条2項にいう「事案」である(以下「本件会長声明事案」という)。

イ 平成29年6月9日以前に、被告B含む200名の名義で作成された同一の雛形による懲戒請求書200枚が東京弁護士会に送られた。

懲戒請求書には、対象弁護士の何時のどのような行為が懲戒事由に当たるのかが、具体的に特定されていなかった。しかし東京弁護士会は、200名の懲戒請求者のうち唯一人に対しても、具体的行為を特定するよう求めなかった。

ウ 平成29年6月9日、東京弁護士会は、前記200名からの懲戒請求を端緒として、本件会長声明事案につき、弁護士法58条2項に基づき、懲戒手続きに付し綱紀委員会に調査を開始させた(甲13の1、甲14の1、甲16)。

エ 綱紀委員会は、同法70条の7が「必要があるときは(中略)懲戒請求者(中略)に対して陳述、説明、資料の提出を求めることができる」と規定するにもかかわらず、懲戒事由の事実上法律上の根拠について、これら200名の懲戒請求者の唯一人に対しても、説明を求めることをしなかった。

オ 同月15日、綱紀委員会は、「必要があるときは」対象弁護士に説明を求めることができるという同法70条の7に基づき、原告佐々木に対し、答弁書等の提出の催告を文書で行い(甲14の1)、原告佐々木はこれをその頃受領した。綱紀委員会が求めた説明は、会長声明に賛同したかどうかの認否と、懲戒処分をすることについての意見(答弁)の2点だけであった(甲14の1)。

カ 同月19日、原告佐々木は、答弁書(甲27の1)を作成し、その頃綱紀委員会に提出した。内容は、懲戒請求に反対である旨と、会長声明に賛同した事実は無いというものであった。

キ その後、原告佐々木が会長声明に賛同しこれを推進したかどうかについて、綱紀委員会が原告佐々木に対し、さらに別の角度から質問したり、何か資料を示して説明を求めたりしたことは無い。綱紀委員会が、原告佐々木の認否内容を特段疑った形跡もない。ということは、前記答弁書の提出によって、原告佐々木に対する説明の求めは終了した。

ク したがって、原告佐々木に「弁明の負担」を被らせたのは、前記200名の懲戒請求者だけであって、その後の懲戒請求者ではない。

たとえば被告7を例に取ると、その懲戒請求書の日付欄に記入された日付は同年6月19日であり(甲3の7)、東京弁護士会がこれを綱紀委員会に伝達したのは同月21日であるから(甲17の2)、既に原告佐々木が答弁書を提出した後である。したがって、被告7の懲戒請求の結果、原告佐々木が弁明の負担を負ったということは無い。(以下、被告7を例に取るが、他の全ての後続の懲戒請求者について言えることである)。

ケ 尚、被告B含む先行の200名についても、弁護士会は先行200名の懲戒請求書をひとまとめにして調査開始しているから(甲13の1、甲14の1)、このうち誰か1人が欠けていても、残りの199名によって本件会長声明事案の懲戒手続きは開始されていた。すなわち、先行200名の各々について、「原因なければ結果なし」の条件関係が無い。条件関係が無いということは、因果関係が無いということである。この因果関係の立証の難を救済するために民法719条が共同不法行為を規定しているが、原告佐々木はあくまでも各人の単独不法行為責任を追及している。そうである以上、先行200名の者であっても、原告佐々木に生じた弁明の負担と因果関係がある者はいない。

コ 被告7の懲戒請求書は、集約団体によって、他の199名分の懲戒請求書と合わせて、200通まとめて東京弁護士会に送られたと推測される。同一の雛形による懲戒請求書であるから、事案は「本件会長声明事案」であり、同事案については既に同月9日に調査開始されていた。したがって、弁護士会が同事案について別に調査を開始することは許されない(別に調査を開始することは二重起訴同様の違法な手続きである)。被告7ら後行の懲戒請求の法的性質は、既に開始されていた本件会長声明事案において、異議の申出権(同法64条1項)等を有する懲戒請求者が200名追加になったというだけのものである。

したがって、被告7ら後行の懲戒請求書を東京弁護士会が受け付けても、同法58条2項(懲戒手続きと調査の開始)の適用は無い。同法は当たり前過ぎていちいち書いていないが、「但し、同一の事案について既に懲戒の手続きに付されていた場合はこの限りでない。」と読むべきだからである。

サ 同年7月21日、綱紀委員会は本件会長声明事案につき、懲戒しない議決をした(乙B60)。綱紀委員会が議決をすれば、弁護士会は裁量の余地なく議決のとおりの決定をしなければならない(同法58条4項)。

シ 同年8月3日、前記議決を受けて東京弁護士会は、同法58条4項に基づき、本件会長声明事案につき原告佐々木を懲戒しない決定をした(甲23の1ないし4)。

これにより、本件会長声明事案にかかる懲戒手続きは終了した。その後、同法64条に基づき異議の申出をした懲戒請求者がいた事実は伺えない。


(3)手続き終了後の懲戒請求書の到着とその法的性質

本件会長声明事案については、同一の懲戒事由を掲げる後続の懲戒請求が相次いだ。時系列表は末尾添付の表のとおりである。

懲戒請求の法的性質は、調査の端緒に過ぎない。したがって、既に先行者の懲戒請求が端緒となって、懲戒手続きが開始され、懲戒しない議決で終了した事案について、後行の懲戒請求書が再度懲戒手続きを開始させる効力まで有しているものではない。

もちろん、綱紀委員会が懲戒しない議決をした後に、(議決を受けて弁護士会の懲戒しない決定が出る前または出た後に)、その議決を覆すべき新たな事情や証拠をもたらす懲戒請求がなされれば、同一事案であっても綱紀委員会ないし弁護士会の裁量で懲戒手続きを再起することは許されよう。

しかしそのような特段の事情が無い限り、弁護士会は、対象弁護士の“一事不再理に準じる利益”(注)保護の見地からも、無駄な重複手続きを避ける見地からも、再起することは許されない。合理的理由を全く欠く再起は、懲戒処分権者の権限の濫用であって、対象弁護士に対する不法行為となり得る。

  (注)一事不再理が働く“無罪”に相当するのは、事案が懲戒委員会の審査にまでかけられた上で弁護士会が懲戒しない決定(弁護士法58条6項)をした段階であろう。綱紀委員会が懲戒委員会に審査を求めないことを相当とする議決をしたに過ぎない段階では、まだ再起の余地があるから、厳密には一事不再理効は生じない。そこで“一事不再理に準じる利益”とした。

本件では、後行の懲戒請求書は全て先行の懲戒請求書と同一の雛形でなされており、これに対する弁護士会の評価が変化した(会長声明は会員の非行でもあると考えるに至った)事情も伺えないのであるから、再起すべき事情は全く無かった。したがって東京弁護士会が、事案終了後の懲戒請求を受けて再起することは、原告佐々木に対する不法行為となり得る。

事案終了後の懲戒請求者に対しては、「当会は貴殿の請求に係る事案については、既に懲戒しない決定を出し、懲戒手続きは終了しています」という通知だけ送るべきであった。対象弁護士にいちいち後続の懲戒請求書の存在を通知する必要は無く、通知すべき法的根拠条文も存在しない(懲戒手続きに付さないのであるから)。その者らに異議の申出権は無い。(もし再起をさせるような重要な事実や証拠をもたらした者がいて、それにより現実に再起がなされれば、その者にはもちろん異議の申出権があるが)


(4)東京弁護士会の違法な答弁要求と違法な再起

以上が、弁護士法に基づく正しい本件の事実経過であり、解釈である。したがって、原告佐々木の「弁明の負担」「懲戒請求を受けたこと自体に因る名誉感情の傷付き」に原因を与えたのは最初の200名の懲戒請求者だけである(ただし最初の200名も単独不法行為としての認定は不可能)。 

被告7含む後行の懲戒請求者は、原告佐々木の主張する損害に何ら関与していない。

 それにもかかわらず、後行の懲戒請求をきっかけに原告佐々木に損害が発生したとすれば、それは東京弁護士会が、その懲戒権限を濫用して、違法な答弁要求と違法な再起を繰り返したからである。

 東京弁護士会は、原告佐々木に対し、本件会長声明事案につき、何と10回も弁明書提出を求めている(甲14の1、甲17の3、甲18の3、甲19の3、乙B56の2、乙B57の2、甲20の3、甲21の3、乙B58の3、乙B59の2)。弁護士法70条の7は、「必要があるとき」だけ、対象弁護士に説明を求めることができると規定しているのであるから、必要の無い答弁の求めは違法である。これほど執拗に要求するのは、嫌がらせ以外に何物でもなく、懲戒権限の濫用である。

しかも、10回のうち7回は、当該事案について平成29年7月21日に綱紀委員会が懲戒しない議決をした後になされている(乙B60)。うち6回は、同年8月3日に弁護士会が懲戒しない決定をして手続き終了した後に、何ら合理的理由なく当該事案につき再起して求めたものである。(時系列表は末尾添付)。完全に違法な再起である。このような執拗な再起も、対象弁護士に対する嫌がらせ以外の何物でもなく、懲戒権限の濫用である。したがってこれにより対象弁護士に損害が生じれば、東京弁護士会は不法行為責任を問われても甘んじなければならないであろう。

原告佐々木は、時に権力に逆らってまで人権の擁護の使命を果たさなければならない弁護士であるのに、なぜ自らに行われた権力の濫用を問題にせず、一般人に金を要求しているのであろうか。

認容判決群は原告佐々木の損害について懲戒請求者に賠償を命じているが、その損害をもたらしたのは東京弁護士会の違法な懲戒権限の濫用であるから、このままいけば、懲戒請求者から弁護士会に大量の求償請求訴訟ラッシュが起こっても不思議ではない。認容判決群はそこまで考えているのであろうか。


(5)違法な再起をしても損害回避は可能であったこと

 たとえミスで違法に再起してしまったとしても、東京弁護士会は対象弁護士に何ら負担をかけずに再起した事案を終了させることは可能であった。

法律で被告に訴状を送達しなければならないと定められている民事訴訟においてさえ、裁判所は、訴えの許されないことが明らかな訴状は被告に送達せず不適法却下の判決を下し、判決書正本も原告だけに送達すればよいとしている(最高裁平成8年5月28日第三小法廷判決、平成7年(行ツ)67号)。

当然、弁護士会の懲戒手続きにおいても、既に終了した事案で新たに見直すべき理由がなければ、うっかり再起してしまったとしても、綱紀委員会が調査開始と同時に終了し、その結果を懲戒請求者だけに通知すればよかった。そうすれば対象弁護士に全く何の損害も発生しなかった。本来再起すべきでないものをミスして再起したのであるから、弁護士法64条の7の1項1号の通知義務に何ら違反するものではない。

つまり、東京弁護士会は違法な再起をしたミスに加えて、不要な通知まで送り付け、対象弁護士になにがしかの負担を与えたものである。その負担がもし受忍限度を超えるものと評価されるならば、東京弁護士会は原告佐々木に対して不法行為に基づく賠償責任を負う。


(6)小結

 以上のように、原告佐々木の主張する「弁明の負担」「懲戒請求されたこと自体による名誉感情の傷付き」は、被告7以下の後続の懲戒請求者とは無関係の東京弁護士会の行為によって原告佐々木に生じたものである。

被告7以下の懲戒請求者が懲戒請求をしたときには、既に当該事案の懲戒手続きは開始しており、答弁書の提出も済んでいた。その段階で被告7以下の後続の者が懲戒請求することによって、弁護士法上、新たに綱紀委員会の調査が開始することはあり得ないから、同法64条の7に基づき対象弁護士に通知がされることもあり得なかった。したがって、被告7以下の懲戒請求は、原告佐々木の主張する損害と全く因果関係が無い。

後続の懲戒請求者が懲戒請求した行為は、一般的抽象的には、対象弁護士に弁明の負担を負わせたり名誉感情を傷付ける危険性があるかも知れない。しかし現実には、そのような結果は先行者によって既に発生していたのであるから、後続の懲戒請求者は刑法で言うなら「未遂」である。(寝ている人を殺そうと思って刺したら実は元々死んでいたようなもの。) 後続の懲戒請求者の行為に因って原告佐々木に損害が生じることは弁護士法上あり得ず、あり得ない損害が生じたのは、東京弁護士会の不法行為に因るものである。

よって後続懲戒請求者は原告佐々木の「弁明の負担」「懲戒請求されたこと自体による名誉感情の傷付き」について不法行為責任を負わない。

認容判決群は、この点を誤ったことによって、弁護士会と弁護士の異常な懲戒ビジネスを成り立たせたものである。


第3、弁護士会による個人情報の違法な第三者提供

~「見ず知らずの多数人から悪意を向けられる恐怖」「利益相反の確 認の業務負担」の損害の補充主張~


1 弁護士会の不法行為 ~個人情報の違法な第三者提供~

被告Bは、「全国の見ず知らずの多数人から悪意を向けられる恐怖」「利益相反の確認の業務負担」の損害は、東京弁護士会が懲戒請求者の個人情報を違法に原告らに漏えいしたことによって生じたものであり、懲戒請求者の行為との相当因果関係は無いと主張した(「準備書面3」3頁(4))。

すると原告らはこれを「争う」と認否した。そこで本書面で被告Bの主張を補充する。

 東京弁護士会が懲戒請求者全員の住所氏名を対象弁護士に無断で提供したこと(以下「本件提供」という)は、法令に明らかに違反する違法行為である。そしてそれにより対象弁護士にもし受忍限度を超える損害が発生したならば、それを予見回避できた東京弁護士会は対象弁護士に対して不法行為責任を負う。


2「利用目的の達成に必要な範囲」に本件提供は含まれないこと

 東京弁護士会は個人情報取扱事業者であるから、個人情報は特定された利用目的の達成に必要な範囲で取り扱うことを要し、取得した個人情報を本人の同意なく目的外に利用したり第三者に提供することは原則として許されない(個人情報保護法15条、16条、23条)。

 本件提供は「利用目的の達成に必要な範囲」ではない。

個人情報保護委員会のガイドライン(以下「ガイドライン」という。乙B61)には、

「あらかじめ、個人情報を第三者に提供することを想定している場合には、利用目的の特定に当たっては、その旨が明確に分かるよう特定しなければならない(3-4-1(第三者提供の制限の原則)参照)」(3-1-1)

「あらかじめ、個人情報を第三者に提供することを想定している場合には、利用目的において、その旨を特定しなければならない(3-1-1(利用目的の特定)参照)」(3-4-1)

「法第15条第1項の規定により特定された当初の利用目的に、個人情報の第三者提供に関する事項が含まれていない場合は、第三者提供を行うと目的外利用となるため、オプトアウトによる第三者提供を行うことはできない。」(3-4-2-1の(※5))

 と、繰り返し書かれている。

 このことは、東京弁護士会も自ら「個人情報等保護方針」において「すべての個人情報について、利用目的を厳格に特定し」「特に、個人情報を本人以外の第三者に提供する場合は、本人の同意を得ることを原則とし、同意を得ずに提供する例外的な場合を厳格に限定する運用を心がけます。」と明記して公表している(乙B62の1頁)。

 そして、個人情報取扱事業者は特定した利用目的を公表または通知しなければならないところ(個人情報保護法18条)、東京弁護士会が同条にもとづき公表した利用目的は、「弁護士法・本会の会則・規則・細則に定めのある事務手続きに従い、事務の管理及び会員による非行等の防止及び早期発見を目的として必要な範囲で利用します」というにとどまる(乙B62の2頁)。個人情報を第三者(対象弁護士)に提供することに全く触れていない。

したがって、本件提供が「利用目的の達成に必要な範囲」に含まれると解する余地はない。

仮に本件提供が東京弁護士会の会規等に定める手続きに拠っていたとしても結論は同じである。単に会規が違法だからそれに則った第三者提供も違法であるというだけである。

以上により、被告ら懲戒請求者の個人情報を対象弁護士に提供することは、「利用目的の達成に必要な範囲」に含まれない。したがって、本件提供には被告らの同意が必要であった。


3 被告らの同意がないこと(「被告らが予測できる」では足りないこと)

 大量懲戒請求事件の懲戒請求者が、弁護士会が個人情報を対象弁護士に無断提供したことはプライバシー侵害であるとして弁護士会に損害賠償を請求した別件訴訟(複数ある。以下「プライバシー訴訟」という)の中で、弁護士会は、「懲戒請求者は自分の個人情報が対象弁護士に提供されることは予測できる」などと主張をしているようである。これは個人情報保護法の無知をさらけ出す恥ずかしい主張である。

 同法は、目的外利用、第三者提供が許される要件として「本人の同意」と規定している(16条1項、23条1項)。「予測できる」かどうかは要件ではない。「懲戒請求者が同意していた」と認定しなければ、要件を満たしたことにならない。

 ガイドライン(乙B61)は次のように述べる。

「『本人の同意』とは、本人の個人情報が、個人情報取扱事業者によって示された取扱方法で取り扱われることを承諾する旨の当該本人の意思表示をいう(当該本人であることを確認できていることが前提となる。)。

また、『本人の同意を得(る)』とは、本人の承諾する旨の意思表示を当該個人情報取扱事業者が認識することをいい、事業の性質及び個人情報の取扱状況に応じ、本人が同意に係る判断を行うために必要と考えられる合理的かつ適切な方法によらなければならない。」

「 【本人の同意を得ている事例】

事例1)本人からの同意する旨の口頭による意思表示

事例2)本人からの同意する旨の書面(電磁的記録を含む。)の受領

事例3)本人からの同意する旨のメールの受信

事例4)本人による同意する旨の確認欄へのチェック

事例5)本人による同意する旨のホームページ上のボタンのクリック

事例6)本人による同意する旨の音声入力、タッチパネルへのタッチ、ボタンやスイッチ等による入力        

                       (ガイドライン2-12)

 本件提供で、上記のような同意は一切ない。同意がない以上、「予測できる」などと、どこから持ってきたか意味不明の要件で本件提供を正当化することは出来ない。

(尚念のため。「予測」もできない。弁護士法に、対象弁護士への提供は規定されていない。これを規定する会規は非公開である。東京弁護士会が公表している利用目的に第三者提供の記載は無い。)

 よって、本件提供は個人情報保護法23条1項に違反する違法な取り扱いである。


4 「法令に基づく場合」に該当しないこと

 同法23条は、例外的に個人データを第三者に提供することが許される場合として、法令に基づく場合を挙げる。

 本件は、東京弁護士会が、被告らの懲戒請求書を受領したことによって被告らの個人情報を取得した。したがって、弁護士法に、懲戒請求者の個人情報を第三者に提供することを定める規定があれば問題ない。

 しかし弁護士法上、懲戒請求者の住所氏名を対象弁護士に通知すべきことを規定した条文は存在しない。対象弁護士に通知すべき内容を規定した条文に、懲戒請求者の住所氏名は含まれていない(同法64条の6第1項、64条の7第1項、)。

 ガイドライン(乙B61)で、「法令に基づく場合」として想定されているのは、次のような例である。

事例1)警察の捜査関係事項照会に対応する場合(刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)第197条第2項)

事例2)裁判官の発する令状に基づく捜査に対応する場合(刑事訴訟法第218条)

事例3)税務署の所得税等に関する調査に対応する場合(国税通則法(昭和37年法律第66号)第74条の2他)

事例4)製造・輸入事業者が消費生活用製品安全法(昭和48年法律第31号)第39条第1項の規定による命令(危害防止命令)を受けて製品の回収等の措置をとる際に、販売事業者が、同法第38条第3項の規定に基づき製品の購入者等の情報を当該製造・輸入事業者に提供する場合

事例5)弁護士会からの照会に対応する場合(弁護士法(昭和24年法律第205号)第23条の2)

事例6)保健所が行う積極的疫学調査に対応する場合(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年法律第114号)第15条第1項)

事例7)災害発生時の停電復旧対応の迅速化等のため、経済産業大臣の求めに応じて、一般送配電事業者が、関係行政機関又は地方公共団体の長に対して必要な情報を提供する場合(電気事業法(昭和39年法律第170号)第34条第1項)

(ガイドライン3-4-1が参照する3-1-5)

 上記の法令はいずれも、公的機関が個別具体的事情において客観的に必要性があると判断して情報提供等を求めることができることを明示的に定める法令である。そのような求めに応じて情報を提供することが「法令に基づく場合」として許されるのである。

また提供する相手は原則として公的機関である(事例4だけは公的機関から命令を受けた製造・輸入事業者)。つまり個人情報が保護され、かつ利用目的が限定されていることが担保されている。

個別具体的な事情の如何にかかわらず一般的抽象的に個人情報の提供を認める例は一つもない。

 本件提供は、上記のように公的機関から照会を受けてなされたものではない。弁護士法に何ら規定がないにもかかわらず、東京弁護士会が自ら制定した会規に基づき、内容や必要性の如何によらず全件無条件に対象弁護士に個人情報を提供したものである。したがって、「法令に基づく場合」に該当しないのは明らかである。


5「財産の保護のために必要がある場合」に該当しないこと

 個人情報保護法23条1項2号は、例外的に本人の同意なく第三者提供が許される場合として、「人の生命、身体又は財産の保護のために必要がある場合であって、本人の同意を得ることが困難であるとき。」と規定する。

 弁護士会は、プライバシー訴訟において、対象弁護士の懲戒請求者に対する損害賠償請求権という財産の保護のために、個人情報の提供が必要であるなどと強弁しているようである。もちろん失当である。

(1)全件無条件に対象弁護士に提供するのであれば、それはあらかじめ利用目的の1つとして明確に特定し公表通知して、懲戒請求者の同意を得る必要がある。しかし東京弁護士会はそれをしていないことは前述のとおりである。

(2)ガイドラインは、同条項は「人(法人を含む。)の生命、身体又は財産といった具体的な権利利益の保護が必要であ」る場合と述べる。

そしてガイドラインがその例として挙げるのは次のような場合である。

事例1)急病その他の事態が生じたときに、本人について、その血液型や家族の連絡先等を医師や看護師に提供する場合

事例2)大規模災害や事故等の緊急時に、被災者情報・負傷者情報等を家族、行政機関、地方自治体等に提供する場合

事例3)事業者間において、暴力団等の反社会的勢力情報、振り込め詐欺に利用された口座に関する情報、意図的に業務妨害を行う者の情報について共有する場合

事例4)製造した商品に関連して事故が生じたため、又は、事故は生じていないが、人の生命若しくは身体に危害を及ぼす急迫した危険が存在するため、当該商品の製造事業者等が当該商品をリコールする場合で、販売事業者、修理事業者又は設置工事事業者等が当該製造事業者等に対して、当該商品の購入者等の情報を提供する場合

事例5)上記事例4のほか、商品に重大な欠陥があり人の生命、身体又は財産の保護が必要となるような緊急時に、製造事業者から顧客情報の提供を求められ、これに応じる必要がある場合

事例6)不正送金等の金融犯罪被害の事実に関する情報を、関連する犯罪被害の防止のために、他の事業者に提供する場合

(ガイドライン3-4-1で参照される3-1-5)

 以上のように、具体的な権利利益の保護の必要があり、かつ危険が急迫しており緊急を要する場合だけである。

 本件では、東京弁護士会は、対象弁護士が懲戒請求者に対し損害賠償請求権を有するかどうかにかかわらず、全件無条件一律に、何の緊急事態でもないのに、個人情報を提供しているのであるから、個人情報保護法23条1項2号の財産の保護のために必要がある場合に当たらないことは明白である。


6 弁護士会の不法行為と懲戒請求者の不法行為責任の関係

(1)東京弁護士会の不法行為

以上のとおり、東京弁護士会の本件提供は個人情報保護法に違反する違法な第三者提供である。

東京弁護士会が、違法な本件提供を行わなければ、原告らは、懲戒請求者の人数も、住所も知ることはなかった。したがって、そもそも「大量」懲戒請求であることを知ることもなかった。全国の見ず知らずの多数人から悪意を向けられる恐怖も、利益相反確認の業務負担も、生じなかった。

したがって、もし本当にこれら“損害”が慰謝料をもって償うに値するもの(受忍限度を超えるもの)であるならば、その損害を予見し回避できたのに、予見義務・回避義務に違反して“損害”を与えた弁護士会に、原告らに対する不法行為が成立する。


(2)民法709条の不法行為性、相当因果関係のおさらい

  不法行為法は、ある者に生じた損害について、別の者に賠償義務を負わせ、もって損害の公平な分担を図る制度である。

 なぜ別の者が損害賠償義務を負わされなければならないのか。その根拠は、その別の者が当該損害を予見し回避することが出来たのに、敢えてまたは不注意で、予見回避せずに損害を与える行為(不作為含む)を行ったことにある。そこで、民法709条は要件として故意過失を必要としているのである。故意過失とは、損害についての故意過失である。

 そうであるから、不法行為における行為は、一般的抽象的に一定の損害を発生させ得る危険性を持つ行為である必要がある。それであって初めて損害の予見可能性が生じ、それであって初めて損害の予見義務、回避義務が生まれ、その義務を尽くさなかったことに帰責性が認められるからである。

そして、その予見義務違反、回避義務違反の結果、行為が持っていた一定の損害を発生させ得る危険性が現実化して、その一定の損害が発生した時に、その損害は、行為との相当因果関係があると認められるのである。ここで、具体的な事実の流れは当初の想定と狂うことがあるから、一定の損害とは、ある程度幅があるものである。たとえば、相手の顔を怪我させようと思って殴りかかったら、相手がよけたので顔に怪我は生じなかったが、相手がよろけて足を捻挫したとしたら、それは行為の危険性が現実化したものと言える。殴りかかれば相手がよけようとして無理な体勢になることはあり得るからである。


(3)あてはめ~本件懲戒請求は不法行為に当たらないこと

本件懲戒請求には、東京弁護士会をして、個人情報保護法の違反を犯させるような一般的抽象的危険性は無い。したがって懲戒請求者らには、東京弁護士会が個人情報保護法違反を犯すことの予見可能性が無く、予見義務、回避義務が無い。

そうである以上、本件懲戒請求は、原告らが主張する「全国の見ず知らずの多数人から悪意を向けられる恐怖」「利益相反確認の業務負担」という損害との関係では、不法行為に当たらない。行為と結果との相当因果関係も無い。

原告らが懲戒請求者と東京弁護士会の共同不法行為を主張しているのであれば、まだ理解可能であるが(あたかも交通事故の加害者と病院の医療過誤が共同不法行為として訴えられる場合のように)、原告らはあくまで懲戒請求者ひとりひとりの単独不法行為を主張している。そうである以上、被告らは東京弁護士会の不法行為の結果生じた損害について責任を負わない。


二、悪質性と不法行為の違法性の違い


第1 はじめに(原告主張の誤謬)

原告は「一見して懲戒に値しないような内容で弁護士を懲戒請求することの方が悪質である。原告らは、被告Bが一見して懲戒に該当しないという認識を有しているにも関わらず(注)、あえて原告らを懲戒請求したために、その対応をしなければならなかったし、何者か知らない被告Bから悪意を向けられていることで、精神的損害を被っているものである。」と主張する(原告令和3年3月2日付「準備書面3」4頁)。

     (注)「被告Bが一見して懲戒に該当しないという認識を有している」は否認する。懲戒請求者らは、会長声明を放置黙認したのは会員弁護士の責任であると思料した(被告B「準備書面2」19頁以下で詳述したとおり)。一見して懲戒に該当しないと思ったのは弁護士会と認容判決群である。それが価値観、評価の違いに過ぎないことは被告B「準備書面3」(「第5」、8頁以下)で詳述した。

原告が、行為の悪質性と不法行為性を結び付けている誤謬は非常に重要であるので、以下に詳細に反論する。認容判決群が懲戒ビジネスを生み出している根底には、この誤謬がある。 


第2 不法行為たり得る懲戒請求とは

~民法709条と整合する平成19年判決の射程~


1 平成19年判決の判示の趣旨~民法709条に基づき~

本件は民法709条に基づく賠償請求である以上、民法709条に定める故意過失の要件を満たさなければならない。故意過失とは、損害についての故意過失である。

 不法行為法は、ある者に損害が発生し、別の者がその損害を予見し回避することが出来たのに敢えてまたは不注意で、予見回避せずに損害を与える行為(不作為含む)を行った場合に、その別の者に損害の賠償を命じ、それによって損害の公平な分担を図る制度である。

そうであるから、不法行為における行為は、一般的抽象的に一定の損害を発生させ得る危険性を持つ行為である必要がある。それであって初めて損害の予見義務、回避義務が生まれるからである。

そこで、最高裁平成19年判決は、懲戒請求された対象弁護士に起こり得る損害を例示し(弁明の負担、名誉信用の毀損のおそれ)、そのような損害を惹起し得るのであるから懲戒請求も不法行為たり得ると判示したのである。言うなれば、スマホを見ながら運転することは、道交法違反であると同時に、交通事故を起こし他人を死傷させる危険があるから他人に対する不法行為たり得ると言っているのと同じである。実際に誰かに対する不法行為となるのは、スマホのながら運転の結果、現実に交通事故が発生し、他人に死傷等の具体的な被害が発生した場合である。交通事故が発生しなければ、ただの道交法上の違法行為に留まるものであり、第三者に対する不法行為には当たらない。


2 平成19年判決の射程

(1)問題の所在

本件は交通事故ではなく弁護士法上の懲戒制度の事件である。弁護士法は、懲戒請求を広くなんぴともできると規定することにより、その弊害も発生し得ることを見込んで、弊害が起こらないような制度設計をしている。綱紀委員会の前置、綱紀委員会において弁明は必要な時だけ求めることができること(必要がなければ弁明を求める法律上の根拠はないこと)、担当者の守秘義務等である(注)。

    (注)綱紀委員会の前置…その制度趣旨につき法制定時の国会会議録、乙27の2枚目。

       綱紀委員会が対象弁護士に弁明を求める法的根拠…弁護士法70条の7。懲戒委員会の審査では弁明の機会の付与を必要的とする67条1項2項に相当する規定が綱紀委員会の調査には無い。

       担当者の守秘義務…弁護士法23条。加えてみなし公務員である会長、副会長、懲戒委員(同法35条3項、54条2項、66条の2第4項、70条の3第4項)の公務員としての守秘義務。

ここがスマホのながら運転と異なるところである。スマホのながら運転であれば、当然、周囲に人や車がいれば損害を与える恐れがあり、そのことを容易に予見し得る。しかし懲戒請求は、対象弁護士に直接送り付けるものではなく、弁護士会に送られるものであり、弁護士会が内容を読んで、書かれた事案について処理するものである。したがって、懲戒請求書が弁護士会に届いたからと言って、その受取人ではない弁護士にただちに損害が発生するものではない。すなわち、全ての懲戒請求書が、受取人ではない弁護士に対して損害を発生させる一般的抽象的危険を有しているわけではない。受取人ではない弁護士に発生する損害の予見可能性が当然にあるわけではない。

民法709条にもとづく賠償請求である以上、当該行為の持つ一般的抽象的危険性、損害の予見可能性は不可欠の要件である。

受取人ではない弁護士に対して、民法709条の損害の予見義務が発生するような懲戒請求書、平成19年判決の射程に入る懲戒請求書は、どのようなものであろうか。


(2)悪質な懲戒請求書と不法行為になる懲戒請求の違い

たとえば「弁護士Aは不細工な顔なのに平気で出歩いて周囲を不快にしているから処分しろ」と書いて「懲戒請求書」とタイトルを付けて弁護士会に送ったら、弁護士Aに損害が生じるだろうか?

この例では行為としては「出歩いている」ことしかなく、凡そ事案たり得ないから、弁護士法58条1項所定の「事由の説明」を欠くとして懲戒請求として受け付けないことになろう。もう少しマシなもの(一応「事案」となりえるもの)であれば、受理した上で綱紀委員会が調査開始と同時に懲戒しない議決をして手続きを終了させることになる。もちろん「不細工」などの侮辱的文言が書かれていても「事案」と無関係であり対象弁護士を不快にするだけであるから、対象弁護士にそれは通知しない。前述のとおり、場合により懲戒請求者だけに処理結果を通知し、対象弁護士に「事案」すらも通知しないことも可能である(最高裁平成8年5月28日第三小法廷判決、平成7年(行ツ)67号)

凡そ懲戒事由に当たらないことが一見して明らかとか通常人ならわかる懲戒請求とは、すなわち、凡そ対象弁護士に対して損害を与えない懲戒請求である。すなわち、対象弁護士に対する不法行為となり得ないものである。上の例のように差別的、侮辱的な文書の送付は悪質であり非難に値するが、それと、受取人でない弁護士Aに実際に損害が発生し不法行為が成立するかどうかは全然別の話である。

行為の悪質性と、不法行為法における違法性は、全然別の概念である。原告も認容判決群も、それを区別しない誤謬を犯し、誤った判決を量産している。


(3)平成19年判決の射程と本件

一方、「一見して懲戒事由に当たらないことが明らか」ではなく、綱紀委員会が調査によっては懲戒処分もあり得ると思う事案であれば、対象弁護士に防御の機会を与えるべく弁明を求めるから、対象弁護士に弁明の負担が生じ、そのことは懲戒請求者も予見し得る。ただし、それは弁護士法に基づく手続きであるから、原則として対象弁護士の受忍限度の範囲内である。

すると、対象弁護士に損害が発生することが予見でき、かつ、違法とされる懲戒請求は、事実上法律上の根拠を欠いており、そのことを懲戒請求者は知り得るが、綱紀委員会はただちに知り得ない懲戒請求である。たとえば「預り金を横領した」「依頼事件を長期間放置した」等の事実のでっち上げや証拠の捏造である。そのような事案であって初めて、綱紀委員会が懲戒処分の可能性を念頭に置いて調査を開始するから、平成19年判決が例示する損害(弁明の負担、名誉信用の毀損のおそれ)が発生する。

すなわち、平成19年判決の射程範囲は、懲戒の事由とされたものが事実上法律上の根拠を欠いており、そのことを懲戒請求者は知り得るが、綱紀委員会はただちに知り得ないような懲戒請求である。典型的には事実の捏造、証拠のでっち上げ等である。このように解して初めて、平成19年判決と民法709条の要件(損害の予見可能性)の整合性が取れる(注)。

    (注)但し、平成19年判決の事案も本来であれば、綱紀委員会が懲戒請求書の記載や懲戒請求者からの聞き取りだけで、懲戒事由に当たらないと結論を出すことが出来たもので、対象弁護士に弁明の負担も名誉信用の毀損の恐れも生じるはずのないものであった。当職が受任通知を出しただけで懲戒請求された件(乙10)も同様である。懲戒請求者は弁護士会に自分の住所氏名を明らかにして懲戒請求しており、通常、ふざけているのではなく真面目に懲戒請求している。事実上法律上の根拠があるかないかを素人が容易に判断し得るものではない。だからこそ、それを選別するために綱紀委員会が置かれている。そうである以上、綱紀委員会が懲戒請求書や懲戒請求者からの聞き取りだけで懲戒しない結論に至ることができる事案で対象弁護士に損害が生じた場合は、その損害の責めは綱紀委員会すなわち弁護士会が負うべきものである。

 本件は、(被告Bらは問題のある会長声明は会員の責任であると思料したが)弁護士会の価値観からすれば一見して懲戒に該当しないものであるならば、対象弁護士に損害が生じない懲戒請求である。したがって、被告らに不法行為責任は生じない。


三、共同不法行為者について

(1)人の範囲、特定

 原告は、被告は共同不法行為を主張するなら具体的に誰と共同不法行為を行ったのか、範囲や態様を明確にすべきだと主張する。

 すでに十分述べてきたことから明らかであるが、念のため主張する。

 平成29年に本件と同一の雛形による東京弁護士会宛ての懲戒請求書を作成して集約団体に送付した人々が共同不法行為の関係にある。東京弁護士会の「事案番号」(本来「懲戒請求者番号」とすべきもの)が、

原告佐々木について

平成29年東綱第307から2297(1の位が7の番号のみ)

平成29年東綱第2384-10から2583-10(枝番10のみ。以下同じ)

平成29年東綱第2609-10から2708-10

平成29年東綱第2740-10から2938-10

平成29年東綱第2946-10から3045-10

平成29年東綱第3147-10から3246-10

平成29年東綱第3259-10から3358-10

平成29年東綱第3366-10から3465-10

平成29年東綱第3476-10から3510-10

平成29年東綱第3686-10から3688-10  計1147人

原告北について

 平成30年東綱第350から1309       計960人

の者らである。


(2)関連共同性

 客観的関連共同性を肯定すべき最大の理由は、その行為の客観的な法的性質が、一つの法律効果(一つの懲戒手続きの開始)に向けてその端緒を与えるものだという点である。一つの事案について懲戒手続きは一つしか開始されないから、最初の1通が到達して懲戒手続きが開始されれば、後続の懲戒請求は、目的達成に何ら寄与しないこととなる。しかし“被害者”である対象弁護士からすれば、(弁護士会が懲戒請求者ごとの受理日時を開示しない限り)、誰の懲戒請求が端緒となって懲戒手続きが開始されたかわからないから、共同不法行為を主張して、誰でも被告にすることができる。この意味での共同不法行為を被告Bは主張し、他の共同不法行為者による弁済により債務は消滅したと主張するものである(予備的に)。


(3)弁護士会との関係

 尚、交通事故の加害者と搬送先病院の医療過誤とが共同不法行為とされるのであれば、同じ意味で、上記懲戒請求者と東京弁護士会が共同不法行為の関係になるであろう。しかしこの意味での共同不法行為を被告Bは本件で主張しない。仮に東京弁護士会の行為に因る損害について被告Bに賠償責任が負わされ支払った時に、求償関係で問題にするだけである。

                               以上


「原告佐々木の懲戒請求手続き一覧 加筆2021.03.04」末尾添付


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