教育基本法改正案についての会長声明
2006(平成18)年5月23日
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2006(平成18)年4月28日、政府は、教育基本法改正案を今国会に提出した。
本改正案は、それが国会に提出されるまでの経緯、並びに、その内容について、看過できない問題点をはらむものである。そこで、当会としては、明らかに問題と思われる以下の点について意見を述べ、改正案に反対の意思を表明する。
1. 慎重な調査・研究、国民的議論を欠いている。
2003(平成15)年3月、中央教育審議会は、「新しい時代にふさわしい教育基本法と教育振興基本計画の在り方について」との答申を提出した。その後、与党は「教育基本法改正に関する協議会」を設置し、2004(平成16)年6月の中間報告を経て、本年4月13日、「教育基本法に盛り込むべき項目と内容について(最終報告)」を公表し、政府はこれに沿って作成した上記改正案を国会に提出した。そもそも、教育基本法は、1947(昭和22)年3月、「(日本国憲法の)理想の実現は、根本において教育の力にまつ」(前文)との認識の下に、「日本国憲法の精神に則り、教育の目的を明示して、新しい日本の教育の基本を確立するため」、憲法と一体のものとして制定された。同法は、体裁の問題などから法律という形式をとってはいるが、憲法の理念を実現するため憲法と一体性をもった準憲法的な性格を有するものであり、そのことは、法の制定経緯からも明らかである。よって、教育基本法の改正には、憲法改正に匹敵する徹底した調査・研究と議論が必要である。即ち、まず、教育基本法の理念は教育現場に十分に反映されているのか、現在、「教育の問題」と言われている諸事象が果たして現行教育基本法とどのように関連しているのか、という立法事実の検証を行うことが出発点であり、それを踏まえて、法改正の要否を含めて、十分かつ慎重な調査・研究と公開の場における国民間の議論を行うことが必要なのである。しかるに、改正案が作成される過程において、上記検証がなされた形跡はないし、与党設置の上記「教育基本法改正に関する協議会」の議論は、中間報告の公表を除いて全く非公開で行われ、公開の場における国民間の議論がなされたとは到底言えない。 このような経緯で作成された改正案を今国会において提出し、成立させようとすることは、余りに拙速である。
2. 改正案の内容は憲法及び子どもの権利条約に反するおそれが強い。
1. 戦前の軍国主義・超国家主義の下では、国家によって個人の内心の自由が侵害され、それは、本来、優れて内面的な営みであるべき教育において顕著であった。憲法は、このような歴史に対する反省から、基本的人権として、信教の自由や表現の自由とは別に、思想・良心の自由という内心の自由を保障する明文を設けた。そして、教育基本法は、これらの基本的人権、国民主権、平和主義という憲法の原則を教育において具体化し、実現するために制定されたものである。 加えて、これからの時代にふさわしい教育のあり方については、日本が批准した国際条約、特に子どもの権利条約や国際人権規約が示す国際準則との整合性を確保する必要がある。
2. 改正案は、第2条に「教育の目標」を詳細に規定し、中でも同条第5号は、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養うことを教育の目標としている。しかし、「(日本の)伝統と文化を尊重」「国を愛する」など、何をもってそういうかの定義は不明確であり、しかも、このようなものは、本来、個人の内心に関わることであって、教育の目標として法律に規定することは、国家が一定の価値意識を押し付け、憲法や子どもの権利条約が保障する個人の内心の自由、思想・良心の自由を侵害するおそれが強い。
また、「(日本の)伝統と文化を尊重」「国を愛する」などの教育目標の規定は、日本において教育を受けている外国人の子どもの思想・良心の自由を侵害し、多民族・多文化共生の教育という世界的潮流に逆行するおそれもある。
3.現行教育基本法第10条は、第1項において「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの」とし、第2項において、「教育行政は、この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」と規定している。これは、戦前の教育行政に対する反省に基づき、教育行政は、「教育を受ける権利」(憲法第26条)とりわけ子どもが自らの人格の完成に向けて学習する権利を保障することを任務とし、教育の「内的事項」に介入せず「外的事項」の条件整備を目指すことなどを、憲法に規定することに代えて、同法に規定したものである。ところが、改正案は、この条項に代えて、「(教育は)この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」であり、国は、教育施策を総合的に策定・実施しなければならないと規定している(第16条)。これは、「不当な支配に服することなく」という現行法の文言を維持しながら、一方で、法律で規定すれば、国が教育内容に広く介入することを容認するものであって、「教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的であるべき」という最高裁判例の原則に反し、また、教育の権利性を否定して、教育の目的を国による国益にかなう人材の育成へと変質させるおそれがある。
3.以上のように、本改正案は、その提出にあたって十分な調査・議論を経ているとは到底言えず、内容にも重大な疑問がある。 日本弁護士連合会は、本年2月3日付で、衆参両議院に、教育基本法について広範かつ総合的に調査研究討議を行う機関として「教育基本法調査会」を設置することを提言しているところ、当会としても、本改正案に反対し、廃案を求めるとともに、上記調査会を設置し、改正の要否を含めた、十分かつ慎重な調査・研究と国民間の徹底した議論を行うよう求める。
2006(平成18)年5月23日
島根県弁護士会 会長 吾郷 計宜
「共謀罪」の新設に断固反対する会長声明
2006(平成18)年5月17日
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今国会において、与党は、「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」の成立を期しており、目下、国会において審議中である。そして、その法案は、「共謀罪」の新設を含んでいる。
当会は、この「共謀罪」は、基本的人権を侵害し、捜査権の濫用を助長するものとして、既に、2005(平成17)年8月5日、その問題点を指摘した上で、法案に反対する旨の会長声明を発しているところである。その後、与党は、世論の反対により、法案に一部修正を加えたが、なお、法案の危険性は払拭されたとは言い難い。
第1に、適用対象の団体は、「組織的な犯罪集団」と修正されたが、その定義は、必ずしも明らかではない。市民団体や労働組合などが「組織的な犯罪集団」と解釈される余地が十分にある。
第2に、処罰対象とされるのは、「犯罪の実行に必要な準備その他の行為が行われた」際の共謀と修正されたが、これも、準備行為とは何か、その他の行為とは何かについて拡大解釈される懸念がある。
そもそも、一般の600以上にも及ぶ犯罪について、犯罪の実行行為はおろか、予備行為も行っていない段階で「共謀」それ自体を処罰の対象とすることは、「意思だけでは処罰しない」という現行刑法の基本原則に反するものであり許されない。このことは、従前から指摘してきたところである。
更に、「国境を越えた組織犯罪を取締まるための国際的な組織犯罪の防止」が立法本来の目的であったところ、本法案には、そのような限定はなく、国際的な活動をしない国内の一般団体の共謀にも適用されることになり、適用範囲は無限定になる恐れがある。
以上のような問題点に加え、「共謀罪」は、市民の会話や電話、メール等を捜査対象とすることにならざるを得ず、その結果、国民のプライバシーが侵害されると共に、共謀の立証のために自白強要の捜査が行われる危険性、市民間に密告などの風潮が強まりかねない危険性、監視社会になる危険性も指摘できるところである。
よって、当会は、「共謀罪」の新設に改めて断固反対するものである。
2006(平成18)年5月17日
島根県弁護士会 会長 吾郷 計宜
「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律及び労働基準法の一部を改正する法律」案に対する会長声明
2006(平成18)年4月14日
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平成18年3月7日、厚生労働省は「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律及び労働基準法の一部を改正する法律」案(以下、「法律案」という。)を今国会に提出し、法律案はまもなく参議院での審議に入る見込みである。
男女雇用機会均等法の成立から20年を経過した今日においても、男女間の格差は依然大きく、パート・派遣等非正規雇用の増加やコース別雇用管理などにより、格差の拡大傾向すら見られる。しかるに、法律案は、差別是正のための実効性ある法整備としては極めて不十分である。
今回の法改定に関しては、日本弁護士連合会が詳細な意見書及び会長声明を出しているところであるが、当会としても、特に重要な3点について意見を述べる。
1. 法律の目的・理念に「仕事と生活との調和」を明記すべきである。
日本の現状は、未だ、男性は家庭責任を担えないほどの長時間労働を行い、家庭責任の多くは女性が負担するというものである。雇用における男女の平等とは、男性も女性も、「仕事と生活との調和」の上で、平等な取扱いを受けるというものであり、仕事と生活とを調和させながら働き続けることができる条件整備が不可欠である。
よって、法律の目的・理念に「仕事と生活との調和」を明記すべきである。 2. 「賃金」についても、差別的取扱いを禁止する対象として明記すべきである。
法律案は、差別的取扱いを禁止する対象として、配置、降格等を新たに追加しているが、「賃金」は含まれていない。しかし、差別が最も如実に現われるのは賃金である。正規雇用のみの比較でも女性の賃金は男性の7割未満、非正規雇用を加えると5割にも満たないのであり、日本における賃金格差は国際的にも突出して大きい上、是正速度はあまりに遅い。今回、これを法律で禁止しないことは、差別の大部分を放置するに等しい。
よって、「賃金」についても、差別的取扱い禁止の対象に加えるべきである。
3. 間接差別の一般的定義とその禁止を法律に明記すべきである。
法律案は、いわゆる間接差別について規定しているが、その定義は不明確であり、しかも、禁止される対象を、「厚生労働省令で定めるもの」に限定している。そして、厚生労働省の説明によれば、省令で定めるものとして予定されているのは、①募集・採用における身長・体重・体力要件、②コース別雇用管理制度における総合職の募集・採用における全国転勤要件、③昇進における転勤経験要件の3つのみである。
しかし、間接差別とは、経済社会の変化により新たな形態の差別が現れる中で、効果的に男女差別の是正を進めていくための概念として、国際的に形成、確立されてきたものである。法律案のようにその対象を省令で限定する方法は間接差別の概念になじまない上、「対象外」の差別が適法として許容されるおそれすらある。しかも、法律案及び予定されている省令によると、福利厚生や手当についての「世帯主」要件や、パート・契約社員と正社員の賃金格差など、現在、既に生じている問題の多くは救済されない。
よって、間接差別の対象を省令で限定列挙することには反対である。法律には間接差別の一般的定義とその禁止を明記すべきであり、その上で、間接差別となりうるものを指針により具体的に例示する(例示列挙とする)べきである。
2006(平成18)年4月14日
島根県弁護士会会長 吾郷 計宜
「ゲートキーパー立法」に反対する会長声明
2006年2月9日
ttp://www.shimaben.com/27.html
島根県弁護士会は、弁護士に対して一定の取引に関し「疑わしい取引」を警察庁に報告する義務を課す、いわゆる「ゲートキーパー立法」に強く反対する。
1.2003年6月、FATF(国際的なテロ資金対策に係る取組みである「金融活動作業部会」の略称)は、マネーロンダリング及びテロ資金対策を目的として、金融機関のみならず弁護士等に対しても、不動産売買等一定の取引に関して「門番」(gatekeeper)と位置づけ、資金が犯罪収益またはテロ関連であることが「疑わしい取引」を金融情報機関に報告する義務を課すことを勧告した。
この勧告を受けて、政府の国際組織犯罪等・国際テロ対策推進本部は、2004年12月、「テロの未然防止に関する行動計画」を策定し、その中でFATF勧告の完全実施を決定した。
さらに、政府は、2005年11月17日、FATF勧告実施のための法律整備に関し、金融情報機関を、もともとは金融庁であったところ警察庁に変更することを決定した。
2.そもそも、弁護士に依頼者の取引に関する報告義務を立法によって強制すること自体、弁護士の依頼者に対する守秘義務を侵し、弁護士制度の根幹をゆるがすものとして到底認めがたいところである。弁護士の守秘義務は、依頼者の人権と法的利益を擁護するために不可欠な制度である。弁護士に相談または依頼する者は、秘密が守られるからこそ、弁護士を信頼し、全ての事情を弁護士に対して説明することができるのである。報告義務制度が導入されれば、弁護士は自らの依頼者を密告するような不本意な行動を強いられる一方、依頼者は、重要な事実を弁護士に話せなくなり、弁護士と依頼者との基本的な信頼関係は破壊され、ひいては、弁護士が依頼者の人権や正当な利益を擁護することも不可能となる。また、「疑わしい取引」という不明確な要件の下では、誤った通報により、依頼者に経済的な損失をもたらす可能性も否定できない。秘密が守られないために依頼者が安心して全ての事実を説明することができないということになれば、弁護士は事実関係の全容を把握できず、法律を遵守するための適切な助言や弁護活動をも行うことができなくなる。その結果、かえって、依頼者等による違法な行為を招くことにもなりかねない。
3.特に、金融情報機関を警察庁とし、警察庁に対する報告を義務づけることになれば、弁護士・弁護士会の存立基盤である国家権力からの独立を危うくするおそれが極めて高い。すなわち、報告義務の名の下に、捜査機関に対する情報提供が強制されることになれば、弁護士・弁護士会は、国家権力から独立し、これと拮抗してでも、人権の擁護と社会正義の実現に努めるべき本来の職責を果たすことができなくなるおそれがある。一旦、捜査機関に情報が提供されれば、マネーロンダリングやテロ資金対策に限定されず、それ以外の犯罪についての捜査の端緒や捜査中の事件に関する情報として、警察内部で流用されないとの保証はない。一般市民からは、弁護士は依頼者の秘密を捜査機関に提供する捜査機関の手先と見られることとなり、弁護士・弁護士会に対する国民の信頼は、根底から覆されてしまう。
4. 警察庁に対する報告義務を課すことによってもたらされる上記のような事態は、弁護士の国家権力からの独立を保障した上で国民の適切な弁護を受ける権利を保障しようとする弁護士制度の根幹をゆるがすものである。
よって、島根県弁護士会は、人権擁護と社会正義実現の観点から、このような「ゲートキーパー立法」に強く反対するものである。
2006年2月9日
島根県弁護士会会長 吾郷計宜
「共謀罪」の新設に反対する会長声明
2005(平成17)年8月5日
ttp://www.shimaben.com/26.html
今国会において、「犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案」が上程審議されている。そして、その法案においては、「共謀罪」の新設が規定されている。「共謀罪」は、長期4年以上の刑を定める犯罪について、「団体の活動として」「当該行為を実行するための組織により行われるもの」の「遂行を共謀した者」を処罰するものとしている。即ち、「共謀罪」は、犯罪の実行の着手はおろか、予備行為もない段階で、犯罪を行う意思を合致させただけで処罰しようとするものである。現刑法では、予備罪すら、殺人や放火等の重大犯罪に限られているのに、この「共謀罪」においては、更にその前段行為である共謀についての処罰対象を、窃盗、横領、背任、公職選挙法違反など600以上もの犯罪に拡大している。 このような「共謀罪」は、犯罪の意思のみの段階では処罰しないという刑法の大原則に反することになるのみならず、意思形成段階を処罰の対象とすることにより、国民の思想信条の自由、表現の自由、集会・結社の自由などの憲法上の基本的人権を侵害する可能性が極めて強いものである。
更に「共謀罪」は、自ずと、市民の会話、電話、ファックス、メール等を捜査対象とすることにならざるをえず、その結果、国民のプライバシーが侵害され、又、盗聴も常態化する危険性があると共に、合意の成立を立証するため、自白偏重の捜査がなされることも懸念される。
そして、「共謀罪」の運用によっては、政党、NPOなどの市民団体、労働組合などの諸活動も規制されかねない。このように「共謀罪」は、基本的人権を侵害し、捜査権の濫用を助長するものであって、到底是認できるものではない。
よって、当会は、「共謀罪」の新設に断固反対するものである。
2005(平成17)年8月5日
島根県弁護士会 会長 吾郷 計宜
少年法等の一部を改正する法律案に反対する会長声明
2005(平成17)年5月30日
ttp://www.shimaben.com/25.html
少年法等の改正案が平成17年3月1日付で今国会に提出された。
本改正案は、一定の重大な事件について国費により付添人を付する制度を導入した点では、その対象が限定的で不十分ではあるが評価できる。しかし、低年齢少年に対する厳罰化、触法少年等に対する福祉的対応の後退、警察官による強制調査権限の法定、保護観察制度の変質の危険など、重大な問題がある。
改正案については、平成17年3月17日付で日本弁護士連合会が詳細な意見書を提出しているところであるが、当会としても、特に以下の点につき、反対の意思を表明する。
1. 14歳未満の少年の少年院送致
本改正案は、少年院の送致年齢の下限(現行少年院法では14歳)を撤廃し、法的には、小学生はおろか幼稚園児でさえ少年院に入れることができることにしている。
法務省は、凶悪な事件を起こしたり、悪質な非行を繰り返すなど、深刻な問題を抱える少年に対しては、早期に矯正教育を行うことが適当な場合もある、などと説明している。
しかし、統計上、14歳未満の少年の凶悪化は認められず、また、厳罰(少年院送致)による非行抑止効果についての具体的な検討もなされていない。
少年院は、閉鎖的施設において集団的規律訓練を中心とする矯正教育を行う矯正施設であるのに対し、14歳未満の少年が送致される児童自立支援施設は、開放的施設における家庭的環境の下で、「育てなおし」を行う福祉施設である。14歳未満の少年については集団的規律訓練はふさわしくなく、家庭的環境の下での「育てなおし」が必要であるというのが現行法の考え方である。そして、低年齢で重大事件を起こした少年ほど、家庭環境に深刻な問題がある可能性が高いのであり、開放的・家庭的環境の下での「育てなおし」を必要としているのである。
本改正案は、低年齢の非行少年の実態についての統計的調査・検討もなされないまま、安易に閉鎖処遇・厳罰化を図るものであり、容認できない。
2. 警察官の調査権限、特に強制調査権限
本改正案は、触法少年等に対する警察官の調査権限を認め、新たに強制調査権限も認めている。これによれば、警察官は、少年、保護者などを呼び出し、質問することができるし、押収、捜索などをすることもできる。
しかし、触法少年や14歳未満のぐ犯少年については、福祉の対象として児童相談所が優先的に取扱うのが現行法の原則である。
また、少年に対する聴取(質問)は、未熟さ、被暗示性、迎合性など少年の心理的特性を十分に理解して慎重に行う必要があり、とりわけ低年齢の少年については、その必要は特に大きい。弁護士の援助を受ける権利の制度化、聴取方法や配慮すべき事項についてのガイドライン策定、聴取全過程のビデオ録画やテープ録音等可視化の制度化などが前提であり、これらを全く欠いたまま、児童の福祉・心理について専門性を有しない警察官の質問権だけを認めることは、密室における警察官の誘導等による虚偽の自白を生じさせ、かえって事実解明を阻害することになるばかりか、少年に対する教育的・福祉的対応を後退させる。
現在、必要とされているのは、触法少年等に適切な対応ができるように、児童相談所のスタッフの増員や専門性の強化、児童自立支援施設の拡充などの教育的・福祉的対応の環境整備を行うことであり、警察権限の拡大ではない。
3.保護観察中の遵守事項違反を理由として少年院等へ送致すること
本改正案は、保護観察中の少年について遵守事項違反があった場合に、遵守事項違反を理由として、家庭裁判所が少年院送致等の処分をすることができるとする。
関係委員の説明では、保護司による面接が困難であるなど、保護観察に対する動機付けの乏しい少年に自覚をさせる必要があるということである。
しかし、現行少年法は、少年に対する人権保障と適正手続の観点から、「非行少年」として審判により保護処分ができる対象を、犯罪少年、触法少年、ぐ犯少年の三種類に限定している。ぐ犯事由にも該当しない、遵守事項違反のみを理由に少年院等に送致できるとすることは、上記少年法の趣旨に反する上、既に審判によって保護観察処分とされたもとの非行行為を考慮に入れて判断されると考えざるを得ず、少年を憲法上許されない「二重の危険」にさらすおそれもある。
保護観察は、保護観察官や保護司が少年との信頼関係を形成しつつ、ケースワークを行いながら、少年の改善更生を図るものであり、遵守事項の設定もその一つの手段である。
保護観察の実効性確保のためには、まず保護観察官の増員、適切な保護司の確保等を図るべきであり、少年院送致という威嚇によって遵守事項を守らせるという改正案では、保護観察官、保護司と少年との信頼関係の確保を困難にし、保護観察制度の趣旨にも反するものである。
以上の各点は、少年司法制度の根本理念に反し、少年に対する福祉的対応を後退させ、保護観察制度の変質をもたらすものと言わざるを得ず、強く反対するものである。
2005(平成17)年5月30日
島根県弁護士会会長 吾郷 計宜