集団的自衛権の行使容認に反対する会長声明
ttp://mieben.info/archives/topics/435/
1.集団的自衛権とは、「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利」である。従前、歴代政府は、憲法第9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないとしてきた。
2.日本国憲法は、平和的生存権を確認し(憲法前文第2段)、戦争放棄、戦力不保持及び交戦権の否認を規定する(憲法第9条)など、徹底した恒久平和主義の理念を掲げている。戦争と武力紛争、そして暴力の応酬が絶えることのない今日の国際社会において、日本国民が全世界の国民とともに、恒久平和主義の理念に立脚し、平和的生存権の実現を目指す意義は極めて大きく、重要である。
恒久平和主義の理念に立脚し、平和的生存権の実現を目指す意義に鑑みれば、自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであるとした従前の政府の憲法解釈は、現在もなお合理性を有している。
3.ところが現在、政府は従前の憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を容認しようとしている。しかしながら、集団的自衛権の行使は、恒久平和主義の理念を定めた憲法前文、第9条に反する。
また、集団的自衛権を行使することは憲法上許されないとする確立した憲法解釈は、憲法尊重擁護義務(憲法第99条)を課されている国務大臣や国会議員によってみだりに変更されるべきではない。さらに、確立した憲法解釈を変更することは、憲法に違反する政府の行為を無効とし(憲法第98条)、政府の行為が憲法に制約されることとした立憲主義に反するものであって、到底許されない。
4.よって、当会は、憲法の諸原理を尊重する立場から、政府が集団的自衛権の行使に関する確立した憲法解釈を変更して、集団的自衛権の行使を容認することに、強く反対する。
2014年5月14日
三重県弁護士会 会長 板垣謙太郎
特定秘密保護法制定に反対する会長声明
ttp://mieben.info/archives/topics/430/
政府は今臨時国会において、特定秘密の保護に関する法律案(以下「本法案」という。)の成立を目指し、平成25年11月26日に衆議院本会議で本法案の強行採決がなされた。当会は、これまでも秘密保全法制の制定に反対してきた。反対の理由として、①「特定秘密」の範囲が広範かつ不明確であること、➁「特定秘密」の指定が行政機関の長により恣意的になされうること、➂適正評価制度によりプライバシー権、思想信条の自由の侵害のおそれがあること、➃国民の知る権利が侵害され、民主主義の根幹を揺るがせる事態となること等の問題点を指摘した。
しかし、以下に述べるように、このたび強行採決された法案では、当会が指摘した問題点の根本的な見直しはなされていない。基本的人権、国民主権原理を始め、憲法上の諸原理と正面から衝突する多くの問題点を孕んでいることは、これまでの秘密保全法制法案と何ら異ならないのであり、当会は、特定秘密保護法の制定に強く反対するものである。
1①「特定秘密」の範囲が広範かつ不明確である。
まず、法案は「特定秘密」として指定する範囲を、「別表に掲げる事項に関する情報であって、公になっていないもののうち、その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれがあるため、特に秘匿することが必要であるもの」としている(3条1項)。そして、別表では「防衛に関する事項」、「外交に関する事項」、「特定有害活動の防止に関する事項」及び「テロリズムの防止に関する事項」を列挙している。
しかし、「その漏えいが我が国の安全保障に著しい支障を与えるおそれ」は極めて抽象的な判断基準にとどまり、どのような情報が指定されたかを検証する手立てが本法案には規定されていないため、実質的に無限定に等しい。
また、別表の「防衛に関する事項」は自衛隊に関連する事項が網羅的に列挙されており、「外交に関する事項」は「その他の安全保障に関する重要なもの」が広く対象になっており、「特定有害活動の防止に関する事項」や「テロリズムの防止」についても、「特定有害活動」、「テロリズム」の定義が不明確で、拡大解釈される可能性がある。このままでは、違法秘密や疑似秘密(政府当局者の自己保身のための秘密)が特定秘密として指定される危険性がある。
更に、本法案が漏えい対象とする特定秘密自体が広範かつ不明確であることは、過失や独立した共謀、教唆、煽動をも処罰の対象としていることとあいまって、本法案の罰則規定は、犯罪と刑罰を予め具体的かつ明確に定めることを要請する罪刑法定主義(憲法第31条)に違反する疑いが強い。
2.➁「特定秘密」の恣意的・濫用的な指定がされる可能性がある
次に、法案は「特定秘密」の指定に関して、「特定秘密の指定及びその解除並びに適正評価の実施に関し、統一的な運用を図るための基準を定めるもの」とし(18条1項)、その「基準を定め、又はこれを変更しようとするときは、我が国の安全保障に関する情報の保護、行政機関等の保有する情報の公開、公文書等の管理等に関し優れた識見を有する者の意見を聴かなければならない。」(同条2項)としている。
しかし、18条については、「優れた識見を有する者」の意見を聴いて決められるのは抽象的な運用基準でしかなく、実際に行われる個々の秘密指定については、これをチェックする機能はなく、恣意的な秘密指定がなされ得ることに変わりはない。
加えて、特定秘密の指定は、通算して30年まで延長できるうえ、さらに内閣の承認を得ればそれ以上の延長が可能とされている。このように、本法案は、限界の不明確なまま広範な領域にわたる政府情報を長年月あるいは半永久的に秘匿することを可能にするため、政府の恣意的・濫用的な運用が可能となる。
3.➂適正評価制度による個人のプライバシー権侵害の可能性がある。
次に法案は「特定秘密」を取り扱う者の管理を徹底するための手段として、行政機関の長による適正評価の実施(適正評価制度)を導入している。(12条)。そして法案は「適正評価は、適正評価の対象となる者について、次に掲げる事項についての調査を行い、その結果に基づき実施するものとする。」とし(12条2項)、調査対象事項として「特定有害活動及びテロリズムとの関係に関する事項」(12条2項1号)、「犯罪及び懲戒の経歴に関する事項」(同2号)、「情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項」(同3号)、「薬物の濫用及び影響に関する事項」(同4号)、「精神疾患に関する事項」(同5号)、「飲酒についての節度に関する事項」(同6号)、「信用状態その他の経済的な状況に関する事項」(同7号)を列挙している。
このように、調査対象事項は、評価対象者の精神疾患、飲酒についての節度、信用状態など重大なプライバシーにかかわる事項にまで及び、更に調査対象は、対象者の配偶者(事実婚の配偶者も含む)、父母、子及び兄弟姉妹などの家族(配偶者の父母及びその子も含む)や同居人などにも及び、調査対象が無限に広がる可能性を有している。
しかも適正評価を口実に思想・信条の調査をするなど、悪用される危険性もある。
4.国民の「知る権利」を侵害し、民主主義の根幹を揺るがす
次に、法案は「この法律の適用に当たっては、これを拡張して解釈して、国民の基本的人権を不当に侵害するようなことがあってはならず、国民の知る権利の保障に資する報道又は取材の自由に十分に配慮しなければならない」(21条1項)、「出版又は報道の業務に従事する者の取材行為については、専ら公益を図る目的を有し、かつ、法令違反又は著しく不当な方法によるものと認められない限りは、これを正当な業務による行為とするものとする(21条2項)こととした。
しかし、21条1項の報道又は取材の自由に十分配慮するとの規定は、抽象的な訓示規定に過ぎず、これにより報道又は取材の自由が法的に担保される保障は何もない。
また、本法案は、取材目的を「専ら公益を図る」場合に限定している点で問題であり、さらに「著しく不当」という抽象的かつ不明確な文言では正当業務に該当するか否かの予測が困難である。したがって、このような配慮規定では、本法案のもつ取材活動に対する重大な萎縮効果や自己規制ないし過剰反応の歯止めには全くならない。
さらに、「出版又は報道の業務に従事」しない者である一般市民や市民運動家、市民ジャーナリスト等には同条項が適用されず、不合理な差別となっている。
これらの規定等の追加によっても、国民の知る権利が侵害され、民主主義の根幹を揺るがせる事態の危険性はなお高いものと言わざるを得ない。
さらには、国会議員も処罰対象とされていることからすれば、国会議員による行政機関への種々の調査活動や国会議員間での自由な討論及び有権者への国政報告活動をすべて、刑罰をもって禁止することも可能となり、国民主権に基づく議会制民主主義にも抵触する。
5.秘密保護よりも情報管理システムを適正化すべきである
これまで指摘したように、本法案は、基本的人権尊重主義、国民主権原理、議会制民主主義、罪刑法定主義をはじめ、憲法上の諸原理と正面から衝突する多くの問題を含んでいる。
また、数多くの憲法・メディア法学者や刑事法研究者も本法案に反対する旨表明している。
更に、政府が実施した本法案の原案に関するパブリックコメント募集においては、2週間という短期間に、9万通を超える意見が寄せられ、そのうち、約77%が制定に反対する趣旨であったというのであるから、このことは、政府及び国会において重く受け止める必要がある。
重要な情報の漏えいの防止は、情報管理システムの適正化によって実現すべきであって、特定秘密保護法案の制定によって対処すべきではない。
むしろ今必要なのは、情報を適切に管理しつつ、情報の公開度を高め、国会が行政機関を実効的に監視できるようにするために、公文書管理法、情報公開法、国会法、衆参両議院規則などの改正を行う事である。
当会は、特定秘密保護法の制定に強く反対するものである。
2013年11月27日
三重県弁護士会 会長 向山富雄
憲法改正発議要件の緩和に反対する会長声明
ttp://mieben.info/archives/topics/427/
近代憲法は、国家権力に縛りをかけ、国家権力の濫用を防止して国民の権利と自由を保障することを目的とする(立憲主義)。ここには、多年の歴史を通して国家権力による専制から自由と権利を獲得してきた人類の叡知が込められている。
日本国憲法が採用する国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義は、将来の世代にわたって永続的に受け継いでいかなければならない基本原理である。
そして、日本国憲法96条が憲法改正の発議に国会の各議院の総議員の3分の2以上の賛成を必要とする特別多数決を要求しているのは、この憲法の基本原理が時々の国家権力によって容易に変えられないようにするための制度的保障である。この憲法改正手続条項は、憲法の最高法規性の宣言(憲法第98条)、違憲立法審査権(憲法第81条)及び憲法尊重擁護義務(憲法第99条)とともに立憲主義を支える礎である。
ところが、近時、憲法第96条の憲法改正発議要件を衆参両議院の総議員の過半数に緩和をすることを複数の政党が主張し、今回の参議院議員選挙で改憲勢力が大勝したことから改憲問題が現実味を帯びつつある。
そもそも国家権力の濫用を防止して基本的人権の侵害を防ぐためには、憲法の基本原理が時々の国家権力によってみだりに変えられないという制度的保障が必要となる。現状では、法律制定の場面において激しい政治的対立の下、十分な審議を経ないまま、国会での強行採決が繰り返されてきた。憲法改正発議要件の緩和(単純過半数)は、国民の代表である国会での熟議による合意形成の機会を奪い、時々の国家権力による恣意的な憲法改正に道を開き、立憲主義の土台を揺るがすおそれがある。
しかも、昨今の憲法第96条改正の動向は、まず改正要件を緩和して憲法改正のハードルを下げ、その後に憲法第9条をはじめ、国民主権主義、基本的人権の尊重、恒久平和主義という憲法の基本原理の改正にも適用されるものであって、このような基本原理についての発議要件の緩和は到底容認できない。
また、日本国憲法の憲法改正要件は、アメリカ、スペイン、韓国などの先進各国と比較して特に厳格ではない。個別の憲法改正が実現するか否かは、国会の熟議を経て合意形成を成し遂げることができるか、その憲法改正の内容が政治的・社会的要請に応えたものであるか、国民が真に求めているものであるかによるのである。戦後日本の国民は、日本国憲法が保障した自由と権利を享受し、この憲法を基礎として社会的、経済的な発展を実現させてきた。これまでに日本国憲法が一度も改正されなかったのは、国民の多数がそれを望んでいなかったからに他ならず、憲法改正手続を定めた憲法第96条に原因があるわけではない。
更に、2007年5月18日に成立した日本国憲法の改正手続に関する法律(以下「憲法改正手続法」という。)には、国民投票における最低投票率の規定がなく、国会による発議から国民投票までに十分な議論を行う期間が確保されておらず、憲法改正に賛成する意見と反対する意見とが国民に平等に情報提供されないおそれがあるという問題点がある。憲法改正手続法の問題点にはまったく手が付けられないまま、現在、国会の発議要件の緩和の提案だけがなされているのは、本末転倒と言わざるを得ない。
基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする弁護士で構成される三重弁護士会は、日本国憲法の立憲主義を尊重し、基本的人権の擁護に力を尽くしてきた。三重弁護士会は、憲法改正発議要件の緩和が立憲主義の根底を覆すおそれがあることを深く憂慮し、憲法96条にかかる改正案に強く反対する。
2013年7月26日
三重弁護士会 会長 向山富雄
「共通番号法」法案成立に対する会長声明
ttp://mieben.info/archives/topics/425/
2013年(平成25年)5月24日、「行政手続きにおける特定の個人を識別するための番号の利用に関する法律」案(いわゆる「共通番号法」案)が参議院本会議で可決され、成立した。
本法案は、昨年の11月の衆議院解散により廃案となった同名の法案を一部修正したものである。
本法案は、国民と外国人住民全員に付けた個人番号(マイナンバー)をマスターキーとして、あらゆる個人情報を名寄せできるようにするものである。政府は、マイナンバーの利用を、税と社会保障に限定せず、民間でも利用する予定であるから、プライバシー権が侵害される可能性が旧法案よりより高くなっている。
また、マイナンバーが記載された個人番号カードが民間でも利用されるようになると、アメリカで被害が続出している成りすましによる不正利用の可能性が飛躍的に高まる。
政府は、国民にマイナンバーを付ければ、行政事務が簡素化するというが、現時点でも、どの程度、行政事務が簡素化できるのか具体的に説明することができない。
民主党政府では、マイナンバーを活用することにより、正確な所得の把握をして、「給付付き税額控除」制度を創設して、真に手を差しのべるべき低所得者に対して現金給付をするとの理由で導入を図ったが、自民党政府は、「給付付き税額控除」の制度よりも「軽減税率」の制度により低所得者対策を講じると述べており、マイナンバー導入の理由が不明確となっている。
政府は、このシステム構築費用として2~3000億円、毎年の運営費用が350億円程度かかると述べているが、費用対効果についての試算はされておらず、国家財政が逼迫する中、このようなシステム構築の必要性について具体的に説明できない。
以上のとおり、本法案には、日本社会の今後のあり方や財政に重大な影響を与える問題、プライバシー権の侵害、成りすましによる不正利用の可能性等、多くのリスクがあるにもかかわらず、十分な審議に基づく抜本的な見直しを行うことなく、国会が拙速に本法案を成立させたことは極めて問題であり、強く抗議する。
共通番号法は、2016(平成28年)年1月から施行が予定され、法施行後3年を目途に個人番号の利用範囲の拡大について検討を加えるとされているが、当会は、重大な問題を抱える本法の施行の停止ないしは廃止法の制定を求める。
2013年6月28日
三重弁護士会 会長 向山富雄
生活保護基準の引下げに反対する会長声明
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昨年8月10日、社会保障制度改革推進法が成立した。そして、同法附則2条には「生活扶助、医療扶助等の給付水準の適正化」を含む「必要な見直しを早急に行うこと」をの文言が明記された。これを踏まえて閣議決定された「平成25年度予算の概算要求組換え基準」では、「特に財政に大きな負荷となっている社会保障分野についても、これを聖域視することなく、生活保護の見直しをはじめとして、最大限の効率化を図る」「生活保護の見直しをはじめとして合理化・効率化に最大限取り組み、その結果を平成25年度予算に反映させるなど、極力圧縮に努める」との基本方針が示されている。
第二次安倍内閣の田村憲久厚生労働大臣も、本年1月16日、生活保護の支給基準が低所得者の生活費の平均を上回るケースがあるとした社会保障審議会生活保護基準部会の検証報告書を受けて、総額全体についての引下げを明言した。
さらに、同大臣は、本年1月27日、平成25年度政府予算案における財務大臣との折衝の結果、本年8月から3年間をかけて、生活保護のうち生活扶助を段階的に約6.5%削減する等の内容で合意した、との報道もなされている。
しかしながら、生活保護基準は、憲法25条が規定する「健康で文化的な最低限度の生活」の基準であって、我が国における生存権保障の水準を決する上で極めて重要な基準である。それだけでなく、生活保護基準が下がれば、最低賃金の引き上げ目標額が下がり、労働者の労働条件にも大きな影響が及ぶ。また、生活保護基準は、地方税の非課税基準、介護保険の保険料・利用料や障害者自立支援法による利用料の減額基準、就学援助の給付対象基準など、福祉・教育・税制など多様な施策の適用基準にも連動する。つまり、生活保護基準の引下げは、現に生活保護を利用している人だけでなく、国民全体に多大な影響を及ぼすのである。
そもそも、低所得者世帯の消費支出と生活保護基準を比較検証し、これを生活保護基準引き下げの根拠とすることには全く合理性がない。平成22年4月9日付けで厚生労働省が公表した「生活保護基準未満の低所得世帯数の推計について」によれば、生活保護の捕捉率(制度の利用資格のある者のうち現に利用できている者が占める割合)は15.3%~29.6%と推測され、生活保護基準以下の生活を余儀なくされている「漏給層(制度の利用資格のある者のうち現に利用していない者)」が大量に存在する現状においては、低所得世帯の支出が生活保護基準以下となるのは当然である。当会では、昨年11月28日に全国一斉生活保護ホットラインを実施したところ、合計41件にも上る相談が寄せられた。その中には、制度の利用資格があるのに市役所又は福祉事務所の対応によって制度を利用できていない方からの相談が数多くあった。
低所得者世帯の消費支出と生活保護基準の比較を根拠に生活保護基準を引き下げることを許せば、生存権保障水準を際限なく引き下げていくことにつながり、合理性がないことが明らかである。
なお、生活保護基準の引下げの背景には、生活保護の「不正受給」が増加しているとの見方があると思われる。「不正受給」自体は許されるものではないが、「不正受給」は金額ベースで0.4%弱で推移しており、近年目立って増加しているという事実はないのであって、生活保護基準の引下げにつながるものではない。また、最低賃金や国民年金が、就労や保険料納付を前提としない生活保護費よりも低いのは不当との見方もある。しかし、これは最低賃金や年金支給額の引き上げによって解決すべき問題であり、生存権保障の根幹をなす生活保護基準の引き下げによって解決すべき問題ではない。
憲法25条に定める生存権保障の根幹をなす生活保護基準は、生活保護利用者を含む市民各層の意見を聴取した上で多角的かつ慎重に決せられるべきものである。財政の支出削減目的の「初めに引き下げありき」で政治的に決せられることなど、到底許されるべきことではない。
貧困と格差が拡大する中、生活に困窮する人たちに対する施策が未だ不十分な現状においては、むしろ、最後のセーフティネットである生活保護制度は積極的な運用が望まれる。
よって、当会は、来年度予算編成過程において生活保護基準を引き下げることに強く反対するものである。
2013年1月30日
三重弁護士会 会長 村瀬勝彦
法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」事務当局試案の公表を受けて、改めて、冤罪を生み出さない新たな刑事司法の構築を求める会長声明
ttp://mieben.info/archives/topics/434/
平成23年6月、法制審議会「新時代の刑事司法制度特別部会」(以下「特別部会」という。)は、郵便不正事件、足利事件、布川事件、氷見事件、志布志事件、東電OL事件を始めとする冤罪・証拠ねつ造事件など、捜査機関の信頼性を大きく揺るがす事案の発生を背景に、法務大臣から、「近年の刑事手続をめぐる諸事情に鑑み、時代に即した新たな刑事司法制度を構築するため、取調べ及び供述調書に過度に依存した捜査・公判の在り方の見直しや、被疑者の取調べ状況を録音・録画の方法により記録する制度の導入など、刑事の実体法及び手続法の整備の在り方についてについて、御意見を承りたい。」とする諮問第92号を受けて設置されたものである。
ところが、平成26年4月30日に公表された事務当局試案(以下「試案」という。)は、冤罪・証拠ねつ造事件の根絶という特別部会の
存在意義を忘れたもので、これまでの捜査・公判の在り方を見直すことなく、捜査当局に新たな捜査手法を与える仕組みを取り入れようとするものに他ならない。
すなわち、試案が示す9つの制度の中でも、特に「取調べの録音・録画制度」、「証拠開示制度」、「身柄拘束に関する判断の在り方についての規定」については、冤罪・証拠ねつ造事件の根絶にはほど遠い不十分なものである一方、制定当時より違憲であるとの批判が強い通信傍受法の対象拡大、司法取引制度の導入など、むしろ、捜査機関側の権限強化に重点が置かれている。
具体的には、「取調べの録音・録画制度」では、録音・録画を義務づける対象を全刑事事件の約2パーセントに過ぎない裁判員裁判事件の被疑者に対する取調べとする案と、これに全身柄拘束事件における被疑者に対する検察官取調べを加える案が提示されているが、いずれの案でも、志布志事件で問題とされた警察による取調べや郵政不正事件で問題とされた参考人の取調べは対象とはならない。また、例外事由については、「被疑者の言動により、記録をしたならば被疑者が十分な供述をすることができないと認めるとき」という抽象的な要件などに加え、今回、試案で新たに暴力団構成員による犯罪に係るものが付加されたため、さらに広範なものとなり、捜査機関の裁量を実質的に認める結果となってしまう。
「証拠開示制度」についても、全面的証拠開示制度については記載すらなく、検察官が保管する証拠の一覧表を交付する制度が検討されるのみであり、警察が保管する証拠については全く言及されていない。
冤罪の温床である人質司法の問題についても、「身柄拘束に関する判断の在り方についての規定」において、確認的な規定を設けるとしているだけで、実効的な改善案は出されていない。
当会が存する三重県内に限定しても、名張毒ぶどう酒事件では自白の信用性や証拠開示の問題が再審請求の度に問題となっている。また、平成24年9月には、いわゆるPC遠隔操作事件による誤認逮捕が三重県警察のほか、神奈川県警察、大阪府警察及び福岡県警察で発生しており、警察による取調べの問題が指摘されたところである。
さらには、平成26年3月27日には、静岡地方裁判所が、袴田巌氏に対し、再審開始、刑の執行停止及び拘置を取り消す旨の決定をした。この決定の中で、捜査機関によって自白を得るためになされた長期間の取調べの最中に、重大な証拠がねつ造された疑いがあるなどと指摘され、取調べ全過程の可視化や全面的証拠開示の重要性が改めて認識されたところである。
このような状況の下、今回公表された試案は、全事件の取調べ全過程の可視化や全面的証拠開示まで踏み込まず、身柄拘束に関する判断の在り方についても具体的な案を示さず、通信傍受法の対象拡大、司法取引制度の導入などを推進するものであって、捜査機関側の権力肥大に重点が置かれる制度改革案であり、諮問第92号の趣旨を損ね、もはや、特別部会の自己否定にも等しいというべき内容である。
そこで、当会は、特別部会に対し、今後、意見の最終とりまとめにあたっては、冤罪を生み出さない新たな刑事司法の構築という目的意識に立ち返り、全事件全過程を可視化する制度と、捜査機関の手持ち証拠を全面的に開示する制度と、安易な身柄拘束を根絶する制度を速やかに構築する一方、通信傍受法の対象拡大や司法取引など、捜査権力に強大な権限を与える制度を安易に導入することのないよう、強く求めるものである。
2014年5月14日
三重県弁護士会 会長 板垣謙太郎