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2016-02-19 15:10 最新コメント:2016-02-23 18:34
465 文化庁指針 (10)
引用元のソース

グラス
>36
>日本の文化を守らない文化庁に緊急メールを!
>下記の報道を見て危機感を覚えます。
賛同される方は文化庁の今回の指針に反対のメールを。

> 文化庁の文化審議会漢字小委員会は9日、漢字の手書き文字について、「はねる」「とめる」など細かい違いで正誤はなく、多様な漢字の形が認められていることを説明する指針案をまとめた。
 これは、日本の文化を守らないのではなく、伝統があるがゆえの難しさに対応するものだと思います。
 手書き文字の字形は、「とめ、はね、はらい」を含め、書の流派や団体によって違いがあり、統一されていません。ですから、書写の教科書の手本文字の字形も出版社によって違いがあります。勿論、書道教室で教える字形も流派や団体によって違います。教科書の字形と書道教室の字形が違い、学校で手本と違う字形はバツにするとなると、子どもは、同じ漢字でも学校で書く時はトメて、書道教室で書く時はハネるといったように変えて書かなければいけません。そして、今まではそういう負担を子ども達に強いてきました。
 公文書に楷書が採用されたのは、明治時代。それ以前、江戸時代は、日本発祥の仮名を交ぜたくずし字が公文書に用いられていました。漢字は字のごとく中国発祥で厳密には輸入した文字。日本も中国も長い歴史の中で様々な書体を生み出しています。
そして、唐様の書体「楷書」が明治政府によって公式書体に採用された。
製版によって、より単純かつ直線的な書体が求められた。
ということから、活字と手書き文字との剥離が進み、混乱が続いています。

それまでの書体は、太・細、強・弱、剛・柔という変化がつけられる筆の特性を活かしたものです。ハネは次のハライに繋げるもので、点の向きや位置と同様に筆の運びに関係します。ところが、製版を主体に考えると、ハネのように細かい部分は出来るだけ少ない方が便利。手書きでは書けない小さい文字を印刷することから、正方形に字形をおさめる、点のような小さな部分も判別出来るようにするといった制約もあり、活字は筆の運びに配慮しない、印刷に適した字形が採用されました。学校教育では、教科書を使って学びます。 教科書の活字とは大きく違う字形を書くように指導するのは、問題があるでしょう。鉛筆やペンは運びが違っていても問題はありません。結果、学校で教える漢字(楷書)の書き方の字形も活字に寄せて作られました。また、書道界は、楷書が公式となったことで、唐様が主流となります。
 2013年、和様の書だけを展示した初の展覧会「和様の書」が開催されました。皇太子殿下が鑑賞されたことで周知され、多くの人が来場。公式書体の変遷や日本文化である筈の書道が実は唐様中心になっていたことが広く知られます。一般人は勿論のこと、書道関係者ですら、知らない人が多かったのです。今回の漢字の指導案の変更は、「楷書を正しく書かなければいけない」が「学校で学ぶ漢字の楷書を手書きの正しい書き方として良いのか」という問題を解決するものではないでしょうか。

寸松庵色紙ファン
グラス様、同感です。
元来、手書きが先、印字体があとから生まれたことを考えると、止めるか抜くか、止めるか払うかなどは、「絶対こうあらねばならない」ではなく、許容範囲内ならOK。学習指導要領解説にも記載されています。
しかし、教育現場では混乱を避けるために(?)教科書字体で書かないとテストでは間違いと見なされることが多いようです。
 教科書字体は印刷用のフォントに過ぎないのに 、手書き文字が数多ある印字体のひとつに縛られるなんて本末転倒ですよね。
まあ、小学校低・中学年なら、「教科書字体」に統一した方が教える方も楽、習う方も混乱しなくてすむからしかたないとしても、高学年以降は、書写との絡みで、手書き漢字の
「揺らぎ」「許容範囲」を教えてもらいたいものです。
 ただ、先生たち自身が書写(書道)をじっくり学んでいない場合、このことを知らないのかもしれません。
「比喩」の「喩」の旁(つくり)の部分は「輸 」と同じでもいいはずでは? と中学の国語教師に問い合わせても、話が全く通じませんでした。
「語彙」の「彙」の字の上部も、手書きでは「緑」「縁」の上部と同じでよいはずなのですが、理解してもらえませんでした。
 36さんは、韓国総領事館に投げ込まれた汚物に添えられていた紙の字が、日本人離れした字(笑)だったことなどから、わが国の文字文化が歪んでいくのを危惧されたのかなあ、
と感じました。
決して 36さんを全否定しているわけではありません。
個人攻撃された!などとは思わないでください。
内部分裂は敵を利するだけですから(^ ^)
参照文献
「新常用漢字196 ホントの書き方」財前 謙 (芸術新聞社)ほか

匿名希望
余命爺様
このコメントはできれば非公開でお願いします。
官邸メールの新規募集は締め切られていると存じますが、できれば追加していただきたく、書き込ませていただきました。

テーマ:漢字表記について「正しさ」を維持を求めます
内容:
2016年2月、文化庁が手書きの漢字表記の多様化を認めるとの指針を発表したが、「正しさ」は維持されるべきである。指針の撤回を求める。

読売新聞 2016年2月10日
http://sp.yomiuri.co.jp/national/20160210-OYT1T50028.html
――以下、記事の引用――
指針案では、点や線の「長短」「方向」「つけるか、はなすか」「はらうか、とめるか」「はねるか、とめるか」など、違いがあっても同じ漢字として認められる事例を示した。
(中略)
学校のテストなどでは、指導した字形以外の字形であっても、柔軟に評価するよう求めている。
――引用ここまで――
上記のことがまかり通ると、
「天」と「夭(夭逝の「夭」)」、「士」と「土」、「未」と「末」、「貝」と「見」等、
字形が似ているが全く異なる意味の漢字も混同されてしまう。
「天皇」が「夭皇」と書かれることも起こりうる。あってはならないことだ。
特に学校での指導は、未来を担う子供たちへの指導となる。
 幼少期にしっかりとした基礎を教え込まれなければ、上記の「天皇」の例のような「誤字の判断」も「夕(夕焼けの夕か、カタカナのタか)等、同じあるいは似たような文字の文脈による判断」もできなくなる児童・生徒が増え、ひいては日本語の読解や文字による情報伝達が困難になる危険性もある。
漢字にこれほどまでの曖昧さを持ち込んではならない。
漢字は表意文字で、点や線の長短、方向、とめはね等によって字形の違い(=意味の違い)が認識される。
その違いを区別しなくなることは、日本語の漢字の伝達能力を無にしてしまうことだ。
これは愚民化政策そのものではなかろうか。
拡大解釈され、中国の簡字体もOKになったり、
カタカナの「チ」と「テ」、「ス」と「ヌ」、「ソ」と「ン」、「シ」と「ツ」等の違いも曖昧にされたりする可能性があり、かな文字崩壊の危険性もはらんでいる。
さらには、歴史資料の解読が不可能になり、世代間断絶も起こりやすくなる。
 現在の出来事や記録を、子供や孫の世代が読めないことになりかねず、危険だ。これは、中国や韓国のように過去に使われてきた文字文化を捨てた国で実際に起きていることだ。
 今回の指針案は個人の筆記のクセの範疇を超えており、日本語の文字文化を破壊しかねない。
「多様化」を認める指針案を撤回し、漢字表記の「正しさ」の維持を求める。
・・・・・・・・
官邸メールの文字数を超えないように作成しましたが、不適切な部分などあれば、加除修正していただいて構いません。
当方、2015年末の慰安婦合意以後、余命サイトにたどり着いた初心者で、コメントも書き込むべきかどうか迷いました。
しかし、今回の件は、将来の日本を担う子供達を、日本人として覚醒させないように狙い撃ちにしているように感じます。
うがった見方かもしれませんが、わざわざ文化庁が日本文化を破壊するために「多様化」を持ち出しているのではないか?と感じるのです。
すでに個人的に官邸メールをしていますが、個人の力の限界を感じています。
 余命ブログは日本再生のためのブログですので、関わりあるかどうか、採用していただけるかどうかは、もちろん余命爺様のご判断にお任せします。
ご検討していただけると幸いです。

today
余命さん、みなさん、こんにちは
文化庁の多様な漢字を認める話は、チャイナで論争になった、繁体字と簡体字に似てませんか。
毛沢東の文化大革命の時代に識字率の向上を建前に導入した簡体字。
その一方で繁体字で書かれている歴史書や文学書を読めなくなったんです。これはどういうことかといえば、文化を捨てたのです。
日本は文化を捨てるような真似は止めたいものです。
http://yaplog.jp/todays_afpbb/archive/655

いと
余命様
ブログ更新ありがとうございます。
文化庁の指針案について、日本文化の破壊の他にも1年くらい前に話題になった「差別落書きの自作自演」も関係しているような気がします。
http://hosyusokuhou.jp/archives/36650411.html

  1. 補足情報

    まず「常用漢字表:文部科学省」で検索してみてください。

    さらに何年か前に「新常用漢字」が追加されました。
    直接該当ページに飛べないので、コピペして検索して下さい。
    1.のPDAファイルを開いてみてください。

    1.はじめに まずはこれだけ! | 新「常用漢字表」改定のポイント
    dictionary.sanseido-publ.co.jp › joyo2010

    2.追加された漢字(196字)の一覧 | 新「常用漢字表 …
    dictionary.sanseido-publ.co.jp › topic › list

    この中に手書き文字の「許容範囲」の説明があります。
    これを見れば、やみくもになんでもOKと言っているわけでは
    ないのがおわかりいただけると思います。
    しかも、パソコン等の普及により、難字も今の学生は学ぶ
    のです。実際、子どもの定期考査に出ていました。愚民化
    どころか、「わー、今の子供じゃなくてよかったあ。100点
    取るの大変だわ」と思ったほどです。

    最初の私の書き込みにある語彙の「彙」の字も康熙字典体
    を基本とした明朝体の字形であって、印字体と手書きとでは
    違って当然。書家の篆書作品ではよく見ますが。篆書体です
    からね、
    まあ、先生がそういうウンチク話や文字文化について語って
    くれれば、豊かな国語教育になるのでは?
    今は困ったちゃんの中国ではありますが、漢字の発明は
    すばらしいと思います。(^_^) これも反日発言?

  2. 文化庁の漢字手書き文字の問題は余命メールの本来の趣旨にそぐわない気がしてなりません。
    勘ぐり過ぎであればご容赦願いますが、まるで手書き文字の多様性を認めることが日本社会で在日の存在を認めることと同義であるかのような議論になっていませんか ?
    漢字文化および漢字教育が重大な問題であることには何の異論もありませんが、十分な議論もコンセンサスもないまま慌ただしく余命メールとして送りつけることには反対です。
    幸い今回の文化庁の方針は教育方針を緩和するためのものであり、従来の方針に規制をかける類のものではありません。重要な問題であればこそ、国民的な十分な議論を重ねた上で、あらためて教育方針を立てても遅くはないと思うのです。

  3. みなさん文化的な心配をしていらっしゃいますが、
    私は犯罪者を見つけにくくする指針だと思いました。
    犯罪捜査で活躍する筆跡鑑定などは、書き手の個性が出る箇所に注目して、誰が書いたものかを判別しています。
    その書き手の個性が出る所が、とめ、はね、はらい、などのちょっとした部分です。この部分が全部「とめ」で良いと指導されれば、ほとんどの人は「とめ」で書くことでしょう。そうなれば、個性が現れる場所が少なくなり鑑定がしにくく、筆跡鑑定自体の信用性にも疑問が出てくるでしょう。
    契約書など、重要な書類には手書きのサインが必要です。
    偽造されやすいものになれば、それだけ犯罪が容易になるということです。遺言書などが偽造されてしまえば、故人の思いも無に帰します。
    弁護士や代書屋の悪事が露呈してきた昨今に、この指針。裏に何かあると思います。

  4. 余命様、チームの皆様

    これは文化・歴史面での日本破壊工作の一環でしょう。

    別枠で、鑑定メールを復活させることはできないものでしょうか?御一考をお願いいたします。

  5. もう30年近く前のことだからうろ覚えだが、『突然変異幻語対談 汎フィクション講義』(1988年)著:筒井康隆・柳瀬尚紀を読んでみてほしい。
    このころ当時の文部省は「日本語破壊」を企てて、見事に失敗している。
    それに比べれば、まあ可愛いもんだよ。

  6. お採り上げいただきありがとうございます。
    皆様が論じておられるように、文字も長い歴史があり、様々な書体がございます。ですが、これは学校教育に関わる指針となります。
    現在はパソコンやスマホ入力が多くなっておりますが、筆記具としては筆ではなく、硬筆(鉛筆・ペン等)が一般的です。そして筆記体はそのような筆記具に対応していると考えます。
    昔から日本には「守破離」という言葉がございます。最初に型から入り、そこから個性を発揮してオリジナルを磨いていく考えです。
    この「型」が崩れていてはその後の「破」も「離」もありません。
    書道の各流派も、それは「破」や「離」の段階のものと私は考えます。
    幼少期に全国で同じ「型」を学ぶからこそ、殴り書きになっても崩しても互いに意思疎通ができる状態を維持できるのだと思います。

    ですから「型」となる文字を崩す今回の文化庁の指針には疑問を覚えるのです。
    前回は勢いで投稿してしまい、理由を記載していませんでしたので改めて投稿いたします。
    皆様の投稿で、自分が気づいていないこともご指摘いただきました。大変勉強になりありがたく存じます。今後ともよろしくお願いいたします。

  7. 今回の報道の内容について、文化庁の一次資料をご存じの方は、そのリンクを教えて頂けないでしょうか。
    けしからん!と思っていたのですが、調べてみると、それほど目くじらを立てる内容ではないような気がしました。

    報道だけを読むと、今までお手本は一つだったのに、複数認めることになった、という内容に感じたのですが、
    調べた結果、
    文化庁は、そもそも複数認めていたのを改めて示した、というだけのことだと私は理解しました。

    最初は、
    まだ小さいうちの子供が、近い将来に学校で漢字を習う時のことを想像して、
    「そんな曖昧な教え方では困る!まずは基本として正しい漢字を教えるべきだ!
    子供の時は基本通りで、大人になってその基本から外れて字形が多様化するのと、
    子供の時から多様化が許されていて、大人になってもそのまま、
    とでは、たとえゴールは同じでも、前者の方が良い!」と思っていました。

    そこで、文化庁のホームページで、途中段階と思われる下記の資料を見ると、
    そもそも漢字表の字形は筆写をもとにして作成したことを知りました。

    「手書き文字の字形」と「印刷文字の字形」に関する指針(仮称)(案)
    http://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkashingikai/kokugo/shoiinkai/iinkai_21/pdf/shiryo_3.pdf

    ・手書き文字(筆写)と、と印刷文字との違いが理解されにくくなっている
    ・昭和23年の当用漢字字体表は,活字字体のもとになる形である
    ・当用漢字字体表は,印刷字体と筆写字体とをできるだけ一致させることをたてまえとしている
    ・ただし、手書き(筆写)の楷書の習慣と一致しない場合があり、
     これを筆写(かい書)の標準とする際には,必ずしも拘束しないものがある
    ・その後,昭和56年の常用漢字表ではさらに下記を示した
     ・筆写の楷書における書き方の習慣を改めようとするものではない
     ・明朝体の字形と筆写の楷書の字形との間には,いろいろな点で違いがある

    これらを具体例を示して解説していました。
    その解説は、偏った考えには思えず、ある方向に誘導しようという意図も感じませんでした。
    専門家が丁寧に議論している印象を受けました。

    また下記のページでも同じような説明がされています。(勝手にリンクしています。。。)

    http://www.geocities.jp/ki07ji/kireinaji/kyokashotai.html
    文部省の学習指導要領(その中でも漢字の学年別配当表)で提示されている字体が教科書体
    「手書き文字に近い書体を教科書にしよう」ということで教科書体が生まれた
    手書き文字は、点画の接し方や終筆のとめ、はね、払いの方向などは必ずしも教育漢字字体表どおりでなくともよい
    活字と違ってずっと許容範囲が広い
    活字はデザインされた文字ですので、日常私たちが書く手書き文字とは違った部分が出てきます

    つまり、問題は(特に教育現場での)運用にあると感じました。
    そもそも手書き文字に似せて作った印刷文字であるのに、
    その印刷文字が唯一正しいと考え、逆に手書き文字を拘束するような運用です。
    上記の文化庁の資料でも、
    「しかし、手書き文字と印刷文字の字形のいずれかだけが正しいとみなされたり,
    本来は問題にしなくてよい漢字の形状における細部の差異が正誤の基準とされたりする
    などといった状況が生じている」と記載されています。
    漢字表の意図を、教師が正しく認識し、生徒にも教えることが大事だと感じました。

    ただ、運用の問題といっても、漢字テストの○×の基準が教師によって違う、
    ということになりかねませんので、簡単ではないと思いますが…

    私自身、国語や教育・書道には全くの門外漢なのですが、長文にて失礼いたしました。 (dyna)

  8. この教育を受けた子達は、社会に出てから、今よりずっと
    苦労しますよ。何倍にも膨れ上がった“正解と見なす漢字の形”を全部知らなければ、相手の書いた漢字を正確に把握出来ないのですから。
    しかも似たような漢字が今でも巨万とあるというのに。

  9. 酷く汚染されている現状を知ってしまうと、唐突に表面上に出てくる事案には素直にそう受け取れない印象を抱くことが多いのが正直なところです。
    以前から論議?をしていたような感じですが、一般国民からしてみれば、急に?それに今何故それをする必要があるのか?と思ってしまいます。
    特に急ぐ必要がないものであるのなら、日本国内の掃除が終わってからでも遅くはないのでは?と思う次第です。

  10. 指針案の主旨、読みでは違う字形を許容していることについて

    激しい反日活動が行われている現在の状況では、疑問や不信が生じるのも無理からぬことと思います。ただ、
    「指針案の許容するとは、認めるということであって、指導することとは違う。学校が指導する漢字はこれまで通り、一つの字形、教科書に則った字形。」この点が、誤解されているようです。

    指針案は、「漢字(楷書)には、違う字形であっても日本社会で同じ漢字と認識され使用されているものがある。正しい漢字は一つではない。」ということを周知することで今現在起こっているようなトラブルを回避する。指導する漢字の字形が統一されている教育現場で、指導する字形以外の漢字を子どもが使用した場合の学校、教員の対応について、書き取りテストや入試などいろいろなケースを想定して目安を設ける。それによって、教員(採点者)の判断に委ねられ曖昧で不公平な現状を是正し、採点の公平性を担保することなどを目的としています。ですから、子ども達は「漢字(楷書)には、違う字形であっても日本社会で同じ漢字と認識され使用されているものがある。正しい漢字は一つではない。」という知識だけあれば良いのであって、許容範囲の漢字を全て覚える必要はありません。

    ☆学校は、漢字の読みについては指導する漢字と違う字形を許容している。

    学校は、読書を推奨し図書室を備えていますが、蔵書の書体は教科書と同じではありません。小一から行われる校外学習では、看板、案内図、説明書きなど様々な書体の漢字を読むことになります。高学年ではパソコンも使いますね。明朝体やゴシック体等、印刷文字も書体が違えば同じ漢字でも字形が違いますが、子ども達は大して教えなくても読み取ることが出来ます。

    よく目にする漢字は、なんとなく読み書き出来るようになる、あるいは書けなくても大まかな形は覚えるものでしょう。学校が、書く漢字の字形を限定しても、視覚から違う字形が頭に入る環境がある。子ども達が自分にとって覚えやすい書きやすい字形を身に付け普段使うようになることを防ぐことは出来ません。漢字の楷書は、画数が多くて覚えるのも速く書くのも難しい。書き取りテストは兎も角、制限時間内に長文を書かせる入試の論述まで一つの字形に拘る必要はないように思います。

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