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2018-06-15 09:25
2567 あまむし③(0)
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あまむし③
『責任を取らぬ弁護士会に「自治」を語る資格なし』
1)「日弁連会長談話」「弁護士会会長談話」
「2564日本人と在日朝鮮人との戦いがはじまった34」にて、下記の毎日新聞の記事を「匿名三郎」氏が投稿されている。
《【毎日新聞2018年6月7日 地方版】
懲戒請求殺到「受理しない」 県弁護士会長談話/兵庫
朝鮮学校への補助金交付などを求める声明を出した全国の弁護士会に対し、特定の団体を通じた会員弁護士の懲戒請求が殺到している問題で、県弁護士会は「弁護士法上の懲戒請求としては受理しない」とする藤掛伸之会長の談話を1日付で発表した。
県弁護士会によると、この問題で寄せられた懲戒請求は約1100件。談話では、これらの請求について「会の活動への反対意見を表明し、批判するものと解される」と指摘。弁護士個々の非行を対象にする懲戒制度の趣旨には合致しない、と判断した。
この問題を巡っては、昨夏ごろからネットを中心に懲戒請求の動きが拡大。昨年末以降、日本弁護士連合会や各地の弁護士会が同様の会長談話を相次いで発表している。》
この投稿の(弁護士会)会長談話について、少し考えてみたい。昨年12月にこの発端となったであろう「日弁連会長談話」が公開されている。

《『全国各地における弁護士会員多数に対する懲戒請求についての会長談話』
近時、当連合会や弁護士会が一定の意見表明を行ったことについて、全国の21弁護士会に対して、800名を超える者から、その所属弁護士全員を懲戒することを求める旨記載した書面が特定の団体を通じて送付されてきている。
これらは、懲戒請求の形をとりながらも、その内容は弁護士会活動に対して反対の意見を表明し、これを批判するものであり、個々の弁護士の非行を問題とするものではない。
弁護士懲戒制度は、個々の弁護士の非行につきこれを糾すものであるから、これらを弁護士に対する懲戒請求として取り上げることは相当ではない。私は、本年12月21、22日開催の当連合会理事会において、各弁護士会の会長である当連合会理事にこの旨をお伝えした。各弁護士会においてしかるべく対処されることを期待する。
弁護士懲戒制度は、基本的人権を擁護し社会正義を実現することを使命とする弁護士の信頼性を維持するための重要な制度である。すなわち、弁護士は、その使命に基づき、時として国家機関を相手方として訴えを提起するなどの職務を行わなければならないこともある。このため、弁護士の正当な活動を確保し、市民の基本的人権を守るべく、弁護士会には高度の自治が認められているのであって、当連合会及び弁護士会による弁護士の懲戒権はその根幹をなすものである。当連合会は、この懲戒権を適正に行使・運用しなければならない責務が存することを改めて確認するとともに、市民の方々には、弁護士懲戒制度の趣旨について更なるご理解をいただくようお願いする。
2017年(平成29年)12月25日
日本弁護士連合会 会長 中本和洋》
ttps://www.nichibenren.or.jp/activity/document/statement/year/2017/171225.html

上記「日弁連」会長談話には、《当連合会や弁護士会が一定の意見表明を行ったことについて、全国の21弁護士会に対して、800名を超える者から、その所属弁護士全員を懲戒することを求める旨記載した書面が特定の団体を通じて送付されてきている。これらは、懲戒請求の形をとりながらも、その内容は弁護士会活動に対して反対の意見を表明し、これを批判するものであり、個々の弁護士の非行を問題とするものではない。弁護士懲戒制度は、個々の弁護士の非行につきこれを糾すものであるから、これらを弁護士に対する懲戒請求として取り上げることは相当ではない。》と記されている。これは、
(1) 『「弁護士会」が提示した「声明」に対しては、その弁護士会に所属し、「声明」の決定に加担した弁護士個人の〝責任〟を問わない』ことを公言している・・・・ことになる。つまり、
(2) 『「弁護士会」の声明に対して責任を持つ人間は、誰もいない』ことを意味している。

この「日弁連会長談話」を受けた形で、今月(6月)1日付で兵庫県弁護士会会長談話として、次の談話が公開されている。
《『当会の多数の会員に対する懲戒請求についての会長談話』
2018年(平成30年)6月1日
兵庫県弁護士会 会長 藤掛伸之
日本弁護士連合会及び当会が過去において行った意見表明に関連して,当会所属の多数の弁護士に対して懲戒を求める旨の書面がとりまとめられ,特定の団体を通じて当会宛に送付されてきました。しかしながら,これらの書面は,懲戒請求という形式ではあるものの,個々の会員弁護士の非行を問題とするものではなく,当会の活動に対する反対の意見を表明し,批判するものと解されます。したがって,当会は,これらの書面については,当会の活動に対する貴重な反対意見ないし批判として受け止め, 弁護士法上の懲戒請求としては受理しないこととし,また,今後同種の書面が送付されてきたときも同様の処理をすることにしました。我々弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命としており,ときとして公権力とも対峙しなければなりません。それゆえに,弁護士会には自治が認められているところであり,弁護士懲戒制度は,弁護士に対する懲戒を公権力ではなく弁護士会自らが行うというもので,弁護士自治の根幹をなすものです。市民の方々におかれましては,このような弁護士懲戒制度の趣旨についてご理解下さいますようお願いいたします。最後になりますが,当会は,今後も弁護士の使命を自覚し,市民の方々からの信頼をより一層高めるべく,懲戒権を適正に行使していくことを改めて申し上げる次第です。 以上》
ttp://www.hyogoben.or.jp/topics/iken/pdf/180601kaichodanwa.pdf

この兵庫県弁護士会会長談話には、《したがって,当会は,これらの書面については,当会の活動に対する貴重な反対意見ないし批判として受け止め, 弁護士法上の懲戒請求としては受理しないこととし,また,今後同種の書面が送付されてきたときも同様の処理をする》としており、先の「日弁連会長談話」を受け、更に一歩踏み込んでいる。つまり、
(3) 今後この手の(弁護士会の決定に対する問題)に端を発する懲戒請求に対しては、「懲戒請求として受理しない」。
と宣言したことになる。

2)「弁護士会の高度な自治」については既に論破している

この件について、「日弁連会長談話」と「兵庫県弁護士会会長談話」が、適切であるかどうかについて考察する。(他の弁護士会会長も同様の談話を発表しているttp://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2018/02/04/2365-大量懲戒請求事案/)それぞれの会長談話の後段に掲げられている、《弁護士会には高度の自治が認められている》《弁護士会には自治が認められている》《弁護士自治の根幹をなすもの》等の「主張」については、過日、下記二つの投稿文にて既に考察し「論破」しているので、ここで改めて取り上げない。
(参考※1) 『2551 日本人と在日朝鮮人との戦いがはじまった27/あまむし【「日弁連」が主張する〝高度な自治〟の根拠を論破する】』ttp://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2018/06/08/2551-日本人と在日朝鮮人との戦いがはじまった27/
(参考※2) 『2557 NHKあまむし試案』ttp://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2018/06/11/2557-nhkあまむし試案/

3)会長談話のポイント(イ)(ロ)(ハ)

すなわち、上記の二人の弁護士会長のポイントは、次の3つである。
(1) 『「弁護士会」が提示した「声明」に対しては、その弁護士会に所属し、「声明」の決定に加担した弁護士個人の〝責任〟を問わない』ことを公言している。
(2) 『「弁護士会」の声明に対して責任を持つ人間は、誰もいない』ことを意味している。
(3) 『今後この手の(弁護士会の決定に対する)問題に端を発する懲戒請求に対しては、『懲戒請求として受理しない』と公言した。

 更に、「憲法89条」違反が確実視されている「朝鮮人学校補助金支給要求声明」を出し続けている「弁護士会」に対する、過去の「余命グループ」からの度重なる「懲戒請求」に関しては、「返戻」「廃棄処分」「不受理」等という対応をみても、日本国民からの「監視の目」を無視し続けていると言える。同時に、『2557 NHKあまむし試案』の(15) (参考※3)の主張で示した通り、現状制度においては、日本国家(政府行政)からの「監督指導」が行なわれていないのである。

(参考※3)《もしも、「弁護士会」の中で、「日本国家と日本国民全体の平和と安全と正義」を脅かすような行為が発生し始めた時、「弁護士会の高度な自治」に基づいて、〝自浄作用〟が的確になされて、結果的に「日本国家と日本国民全体の平和と安全と正義」を脅かす行為が無くなれば良いが、それができない場合は、極めて大きな国家的問題に発展するだろう。実際、現状の憲法89条違反が確実視されている「朝鮮人学校補助金支給要求声明」等に見られる様な、「日本国家と日本国民全体の平和と安全と正義」を脅かす行為が現になされていても、「弁護士会の高度な自治」による的確なる「自浄作用」が行なわれていない事実は由々しき問題である。このような問題が発生しているという事実は、「弁護士に監督官庁が存在しない」という制度的問題点に原因の一端があると考えられる。》(『2557 NHKあまむし試案』(15)より)

即ち、この両面の事実から冷静に観察すると、
(イ)「日弁連」「弁護士会」に対する、日本国民からの「監視の目」は無視されている。
(ロ)「日弁連」「弁護士会」に対する、日本国家(政府行政)からの監督指導は存在しない。
・・・ということになる。

以上の現状を踏まえて、「法の正義を貫こうとする約1000名の善良なる一般国民」が、「憲法89条」違反が確実視されている「朝鮮人学校補助金支給要求声明」を出し続けている「弁護士会」所属の弁護士会長や弁護士に対する「懲戒請求」を行なった所、今度は、兵庫県弁護士会会長談話にあるように、《これらの書面は,懲戒請求という形式ではあるものの,個々の会員弁護士の非行を問題とするものではなく,当会の活動に対する反対の意見を表明し,批判するものと解されます。したがって,当会は,これらの書面については,当会の活動に対する貴重な反対意見ないし批判として受け止め, 弁護士法上の懲戒請求としては受理しないこととし,また,今後同種の書面が送付されてきたときも同様の処理をすることにしました。》と主張し、「弁護士会」としての決定声明に関与した弁護士であっても、「懲戒請求」は〝無視する〟旨の方針を明らかにしたのである。
同様に、5月30日付の「京都弁護士会会長」名による『懲戒請求事件の決定について(通知)』が届いている(『2566 諸悪の根源マンセー日弁連70京都弁護士会2』参照)が、その中の『議決書』第3(対象弁護士らの弁明)−2 には《会長声明は構成員個々人の懲戒事由にはなり得ない。京都弁護士会において、会長声明は、運用の原則として、常議員会の承認を得た上で発せられる京都弁護士会としての行為であり、会長並びに副会長らの個々人の行為ではない。懲戒請求者らは、法人たる京都弁護士会の行為である本件声明を発することを、実質的に当時の会長並びに副会長らの個々人の行為として懲戒を求めるものであり、その前提を欠く。》と記されており、《会長声明は、運用の原則として、常議員会の承認を得た上で発せられる京都弁護士会としての行為であり、会長並びに副会長らの個々人の行為ではない》として、当該会長・副会長の責任さえも回避している。

これらの言動を整理すると、
(イ)「日弁連」「弁護士会」に対する、日本国民からの「監視の目」は無視されている。
(ロ)「日弁連」「弁護士会」に対する、日本国家(政府行政)からの監督指導は存在しない。
 (ハ)「日弁連」「弁護士会」が決定した声明文に不備があった場合、その決定に拘わった弁護士に対する、日本国民からの「懲戒請求」(監視の目)は、無視されている。
以上三つが、会長談話のポイントと考えられる。

4)「独裁組織」「専制組織」と化した「日弁連」
上記の(イ)(ロ)(ハ)の三つの会長談話のポイントは、何を意味しているのだろうか。
この三つの事実を総合的に分析して解ることは、「日弁連」「弁護士会」と、その組織決定に携わった「弁護士」は、「日本国家(政府行政)」と「日本国民」からの監督・指導・監視は一切受け付けないということを、証明したことになる。これを称して、「独裁組織」「専制組織」と言うのである。それを国家に喩えれば、「独裁国家」「専制国家」「専制政治」ということになる。余程、「弁護士」諸君は、「独裁国家」「専制国家」「専制政治」がお好きらしい。二言目には、《我々弁護士は,基本的人権を擁護し,社会正義を実現することを使命とし・・・》等と、綺麗事を並べているが、先の『2557 NHKあまむし試案』(参考※4)等でも指摘した通り、それは既に中身を伴わないでっち上げの〝戯言〟と化している。

(参考※4)《『基本的人権の擁護』とは、(a)「日本国民全体の安全と平和に対する擁護」でもなければならない。「日本国家と日本国民全体の安全と平和」という大前提無くして、個人個人の『基本的人権の擁護』は不可能であるからだ。又、『社会正義の実現』とは、(b)「〝憲法を遵守する〟という最も基本的社会正義(法の正義)の実現」がなければならない筈である。この (a)「日本国民全体の安全と平和に対する擁護」と、(b)「〝憲法を遵守する〟という最も基本的社会正義(法の正義)の実現」の両方共、「日弁連」は無視していると考えられる。テロ国家である北朝鮮と直結する「朝鮮人学校への補助金支給」は、北朝鮮への経済的資金援助に該当し、核開発並びにミサイル軍事力の増強に寄与する事によって、(a)「日本国民全体の安全と平和に対する擁護」を著しく踏みにじるものである。さらに、憲法89条違反が確実視されている「朝鮮人学校補助金支給要求声明」は、(b)「〝憲法を遵守する〟という最も基本的社会正義(法の正義)の実現」を、根底から覆すものである。》(『2557 NHKあまむし試案』(8)より)

どうも、「弁護士会」の主張せる「懲戒請求」は、「個々人の非行」(痴漢や、泥棒、詐欺等の俗的な犯罪)だけに適用され、「日本国家と日本国民の平和と安全と正義」に直接関係のある、政治的・国家的・国際的な犯罪となり得るような事案には、適用されないということらしい。更には、仮に「弁護士会の声明」における〝非行・犯罪〟があったとしても、それを指摘するものが、「日本国家(国民の代表たる政府行政)」であろうが、「日本国民」であろうが無視を決め込み、御咎め無しということである。まさか「弁護士会の声明」として、『痴漢や泥棒や詐欺を奨励しましょう』などという事は、言う筈も無い。「弁護士会の出す声明」は、「政治的・国際的・国家的な犯罪に抵触する事案」が多いと考えられる。即ち、「弁護士会の出す声明」なるものが、「政治的・国際的・国家的な犯罪に抵触する事案」であれば、「弁護士会」の論理で行くと、「痴漢、泥棒、詐欺等の俗的な犯罪」に当たらないが故に、その「弁護士会の出す声明」は御咎め無しになるということらしい。

つまり、弁護士諸氏の基本的考え方は、『吾々弁護士集団が決定した声明については、全てが〝正しい〟のである』と、自ら公言していることに等しいのである。こういう姿勢を「独善的」と日本国民は言うのであって、日本の一般常識としては、とんでもない愚行として忌み嫌うのである。であればこそ、「独善的」「独裁的」「専制的」な国家、組織、集団を失くす為に、「司法」を設け、「弁護士」資格を認めているのであって、「弁護士」自身に「独善的」「独裁的」「専制的」行為をさせる為に、日本国家(日本国民)が、君達「弁護士」に資格を与えているのではない事を、肝に銘じなければならないのである。にも拘わらず、本来「法を守る(正義を守る)」筈の弁護士が、自ら「独善的」「独裁的」「専制的」見本を示している所に、現代日本の「司法制度上の一大問題」があると言わざるを得ないのである。この「弁護士会」の〝基本的姿勢〟にこそ、今回の問題の根源があることを知らねばならない。

5)責任を取らぬ弁護士会に〝自治〟を語る資格はない
最後に、大事なことを一つ付け加えておこう。「弁護士会の声明」等に関する「非行」「憲法違反」「法令違反」があった場合には、いったい誰が責任をお取りになるのだろうか? 上記で証明した様に、「弁護士会」は「高度な自治」を駆使して「自らの責任」を取る「意志も力も制度」も持っていないのである。つまり、「弁護士会」の問題は、「責任者不在の組織」であるという事なのである。この事を、理解していない「弁護士組織」自体に「本質的問題」があると思われる。要は、「弁護士」諸君には、「責任を取る」という観念が存在していないことを、自らが暴露したのである。

「弁護士」諸君は「自治」なる概念が如何なるものであるか、御存知ないらしい。それでは「自治」の根本思想を「弁護士」諸君に御教えしておこう。辞書によれば、「自治」とは《自分や自分たちに関することを自らの責任において処理すること》とあるのである。つまり、「自治」を求めたい者は、その大前提として「自らの行為に対して自ら責任を取る姿勢」がなければならないのである。「自らの責任」を放棄した「自治」は、あり得ないのである。現在の「弁護士会」はまさに「自らの責任」を放棄した組織であり、「勝手気ままな」「独裁的」「独善的」「専制的」集団ということになるのである。「弁護士」諸君は、小学校の生徒自らが、自分で責任を取ることを学びつつ、発言や行動を自制しようと努力している、子供達の集団生活の参観でもして、彼らの「自治を学ぶ姿勢」について勉強されるが良い。はっきり言えば、「責任を取らぬ弁護士に〝自治〟を語る資格はない」のである。「責任」とはそういうものであり、「自治」とはそういうものである。

6)自分で責任を取れぬ人間に、他人の責任を裁定する資格はない
もう、阿呆らしくって、やってられないが、もう一つついでに付け加えておく。そもそも、「司法」とは、如何なるものなのか考えた事はあるのだろうか?「司法」とは「法に基づいて人を裁く行為」なのである。「弁護士」は、その「法に基づいて人を裁く行為」の重要なポジションを担っている。その「法に基づいて人を裁く行為」とは何であるかと言うと、それは「他人様(被告)に対して〝責任〟を強制的に負わす」行為なのである。「他人様に対して訴訟を起こしたり」「他人様(被告)に〝責任〟を強制的に負わす」判定を審議するのが、「弁護士」の仕事である。「他人様に対して訴訟を起こしたり」「他人様(被告)に〝責任〟を強制的に負わす」判定を審議する「弁護士」が、「自分の〝責任〟を回避」し、「〝責任〟逃れをする」とは、一体どういう了見なのか。この「姿勢」自体が、そもそも「人の〝道〟」に反しているのである。既に「人として〝失格〟」なのである。
〝偉そうに〟「他人様の罪の程度を裁定する資格を持った人間」が、「自分の罪の回避と責任逃れ」に奔走する程、惨めで恥ずかしい行いはないと小生は思うが、約4万人の「弁護士」諸君はそうは思わないのか?この日本社会において、こんなおかしな話は聞いた事が無い。世も末だね w苦笑w。小難しい「司法試験」とやらに合格した〝頭のいい〟〝お偉い〟約4万人の弁護士先生方よぉ〜。何の為に「弁護士」稼業してるんですか?御一人御一人きちっと、〝自分の言葉〟で答えて下さいよぉ〜。もう、「日弁連会長」さんや、各「弁護士会会長」さんの「金太郎飴」の様な「文切り型の戯言」は聞き飽きた。そんな自分で自分のケツも拭けない様な「弁護士」を、一体誰が「尊敬」し、「信頼」するものか。
最後の最後にもう一言・・・うちの親父が今頃生きていたら超特大の雷が落ちるだろう。『それでも貴様等日本人かぁーー(°言°怒)』こわっ!(馬鹿馬鹿しくって、やっちゃいられねぇ・・・あまむし)

 

<弁護士懲戒制度は、個々の弁護士の非行につきこれを糾すものであるから、これらを弁護士に対する懲戒請求として取り上げることは相当ではない>

第六十条 日本弁護士連合会は、第五十六条第一項に規定する事案について自らその弁護士又は弁護士法人を懲戒することを適当と認めるときは、次項から第六項までに規定するところにより、これを懲戒することができる。
1 日本弁護士連合会は、弁護士又は弁護士法人について懲戒の事由があると思料するときは、懲戒の手続に付し、日本弁護士連合会の綱紀委員会に事案の調査をさせることができる。

.....弁護士が職業柄、法律に疎いのは理解できるが、さすがにこれはねえ....。
<日本弁護士連合会会長 中本和洋>の談話にしてはあまりにも寂しすぎる。
まあ、とりあえず弁護士懲戒制度は個々の弁護士の非行だけでなく、弁護士法人の非行も糾すものだということを、是非知っていただきたい。
 では、「日弁連の非行を糾すのは???」ということだが、実はこれがない。
いまでは弁護士が高潔なんて誰も信じないが、過去における負の遺産「弁護士=正義と善」が前提となっている弁護士法や弁護士自治は空文どころか悪法となっているのが現状である。自浄能力はゼロ。もはや日本国民に対して、今更の謝罪やいいわけは手遅れだね>

 

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