官邸メール詳細
テーマ
【号外657】 憲法第9条2項の無効化を求める
ご要望
国民の生存(権)自体を放棄した第2項は、以下の憲法条文と矛盾・不整合を起こしていると考えられる。

・憲法前文
・第9条第1項 国際平和の希求
・第11条 基本的人権の享有
・第13条 個人・国民の(権利)尊重
・第25条 健康で文化的な最低限度の生活を営む権利
・第26条 教育を受ける権利
・第29条 財産権
・第31条 生命若しくは自由を奪われない権利
・第34条 不当な抑留又は拘禁の禁止
・第97条 侵すことのできない永久の権利

9条第2項を放置することは、国民及びその生命財産を危険にさらすことであり、実際、被害が生じている。

また、自衛隊という「戦力・実力組織」を持ってしまっている以上、すでに実質的には「死文化」していると考えるのが妥当である。

従って、憲法98条「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」に基づき、可及的速やかに、9条第2項の無効化を求める。


(以下、理由及び考察)

憲法9条第1項には
まず
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」
する…とある。これを達成するための「戦争・武力の放棄」であると謳っている。

しかるに、2項であるが「前項の目的を達成するため…戦力を保持せず、交戦権も認めない」とあるが、現在の世界で非武装・無抵抗で、国家体制を維持することは「不可能」である。理想論として論じることは勝手であるが、現実世界で「自己を守る力」を否定することは、即「死」を意味する。

これは、人間の論じる「法」と言うよりも、自然界の「掟」そのものである。いかなる生命でも、たとえそれが細菌・バクテリアの類いであろうと「攻撃」を受けた際の「自己防衛力」のすべを持たない生命は存在すらできない。
その「自己防衛力」を完全否定しているのが、第2項である。2項は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とある。「…その他の戦力」とある通り、文字通り「全ての戦力」の否定である。

この場合の「戦力」とは何を指すのか。一般的には、「軍事力およびそれに類する兵器・武器」とされているようであるが、現代戦においては「情報」力が重視される。いわゆる「情報戦」である。もちろん、兵器自体もハイテク化が進み、搭載されるソフトウェアによっても、優劣が極端に変化する。

何が言いたいかと言えば、「全ての戦力の否定」とは現代においては(もちろん過去の戦争においても)「情報」も戦力の一部で有り、すなわち「考える力」も戦力としては使ってはいけないことを意味することになる。極論すれば、「戦争」を考えてはいけないし、その方法を論じることも、法体系を作ることも全て、戦力につながる行為であるから、触れてもいけない。

また、兵器のみならず、それを使用する兵士は、その肉体を行使した力も当然ながら重要な「武力」の一部で有る。実際、自衛隊=軍隊の日々の訓練においても、過酷な訓練が要求される。

さらに極論すれば、その兵士を育てるための教育プログラム、…義務教育から始まり、防衛大学に入学するまでの教育カリキュラムまでも含めた、全ての「教育」も兵士を育てるための「前段階」であるから、これすら否定されなくてはならない。(戦後教育がまさにそうであったように)少なくとも教育中に「国防」の匂いを感じさせる行為も、否定されなければならない。

そしてとどめが、「交戦権の放棄(否認)」である。

考えてもいけない・肉体を使った力も行使してはいけない。
ありとあらゆる「戦い」を否定する。

何をされようが、どんな屈辱や辱めを受けても、命の危険にさらされても、命を奪われようとも、「無抵抗」でいなければならいというのが第2項の実態である。

「戦力の放棄」=「生存(権)の放棄」であり、自然・生命自体の否定である。第1項の目的を達するどころか、矛盾で有り、2項自体が「自己矛盾」である。こんな「法」はそれ自体が「無効」である。

憲法が自分自身を無効化できるのか?と言う疑義は残るが、憲法制定から70年あまりの間に、竹島侵略・北朝鮮拉致事件・小笠原サンゴ密漁など、複数回に及ぶ9条の影響と思われる被害が生じていること。また、これから憲法改正で対応するには時間が掛かりすぎることからも、現実的な方法ではないかと考察する。

9条が有りながら、無理矢理、解釈変更で自衛隊を持ってしまったことに比べれば、遙かにハードルは低いはずである。
戻る