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2017-07-04 16:30
1712 2017/07/03アラカルト2(0)
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大和媛君
『本日からフルメンバーである』
余命翁様、日本再生大和会およびスタッフの皆様、大変安堵致しました。
蒸し暑さの続く日々、御自愛ください。
既にご存じかもしれませんが、興味深い記事がありましたので…

■【湯浅博の世界読解】やはり過剰な期待であった中国の対北朝鮮制裁 米中による「妥協なきゲーム」が再開された – 産経ニュース
http://www.sankei.com/smp/world/news/170628/wor1706280017-s1.html?pdm_ref=rna
(2017.6.28)
トランプ米政権の中国による対北朝鮮制裁は、やはり過剰な期待であった。
 6月半ばにワシントンで開催された「米中外交・安全保障対話」で、中国の楊潔●国務委員らは、共同文書を拒否し、記者会見も平然とボイコットした。ティラーソン国務長官とマティス国防長官が、北朝鮮問題での協力と引き換えに、「南シナ海問題で譲歩することはない」と突き放した結果であろう。
 交渉が思い通りにならないと、相手かまわず席を立つのは、中国が骨の髄まで大国主義に染まった証左である。同じ時期にハノイで開催されていた中国とベトナムの国防当局高官による国境防衛交流プログラムでも、中国側が南シナ海問題で激高して予定を打ち切っている。
 これら中国の威圧的な行動は、米国といえども新興大国の行動を邪魔する能力も意思もないと見くびってきた結果ではないか。
 中国が南シナ海の人工島の造成を本格化させた状況下でも、オバマ前政権はハワイ沖で実施する環太平洋合同演習(リムパック)に、中国海軍を2016年までに2度招待した。しかも、中国が情報収集艦を送り込んで、他国艦船への諜報活動をしていたことを見逃している。
 さらに同年7月のハーグにある国際仲裁裁判所が、中国が南シナ海を独り占めする「九段線」論を否定するクロ裁定を出しているのに、オバマ前政権はフィリピンを支援すらしなかった。中国が裁定を「紙クズ」と無視する振る舞いを許せば、「力による現状変更」を認めてしまうことになる。
 トランプ現政権もまた、4月の米中首脳会談以来、中国が北朝鮮に核開発停止の圧力をかけることを期待し、それまでの対中批判をすべて引っ込めていた。だが実際には、トランプ大統領自身が「うまくいっていない」とツイートするほど進んでいない。
 ジョン・ボルトン元米国連大使ら共和党保守派は、トランプ政権の行き過ぎた「中国依存」は、オバマ前政権の「戦略的忍耐」と少しも変わらないと不満をぶちまけていた。
中国の習近平政権が北の核開発をとめられない以上、南シナ海の一時「休戦」はたちまち崩れてしまう道理である。
 中国が対北制裁に失敗したか、もしくは約束をホゴにしたのなら、トランプ政権がとるべき対中政策は主に2つに絞られる。
 まず、米国は北朝鮮と取引する中国の企業と金融機関に対する「二次的制裁」に踏み込む段階に入る。トランプ政権はすでに、北朝鮮と不正な交易を続ける中国企業10社と個人名を挙げ、中国政府に厳しい取り締まりを要求していた。中国がこれを拒めば、この夏の終わりまでに一方的に発動すると伝えている。
 ワシントン・ポスト紙はコラムで、中国の中規模な銀行から段階的に二次的制裁を実施するよう求め、ウォールストリート・ジャーナル紙の社説は、中国4大銀行の一つ、中国銀行への制裁を主張する。
 第2に、米国がこれまで抑制していた南シナ海での「航行の自由」作戦を、5月の駆逐艦デューイに続いて強化する。米外交評議会のラトナー上級研究員は、中国と沿岸国が領有権争いをしている島嶼(とうしょ)部に、米軍を駐留させよとの提言まで示している。
 元来、トランプ大統領が掲げる「米国を再び偉大に」は、習主席のいう「中華民族の偉大な復興」とは相反するものであり、妥協の余地がないゲームが再開されたというべきだろう。(東京特派員)
●=簾の广を厂に、兼を虎に
(2017.7.3 大和媛君)

大和媛君
余命翁様、日本再生大和会およびスタッフの皆様、これもまた、安倍総理のシナリオの内と考えていいのでしょうか…

■【北ミサイル】米、中国の銀行に初制裁 北の核・ミサイル開発で資金洗浄に関与 – 産経ニュース
http://www.sankei.com/smp/world/news/170630/wor1706300007-s1.html?pdm_ref=rna
(2017.6.30)
【ワシントン=黒瀬悦成】ムニューシン米財務長官は29日、核・弾道ミサイル開発を続ける北朝鮮によるマネーロンダリング(資金洗浄)に関与したとして、中国の丹東銀行(遼寧省)を制裁対象に指定し、米金融機関との一切の取引を禁止すると発表した。また、中国人2人と中国の海運会社1社も制裁対象とした。トランプ政権が対北朝鮮関連で中国企業を制裁対象とするのは初めて。
 今回の制裁は、北朝鮮以外の国の団体や個人を対象にした「セカンダリー・サンクション」(二次的制裁)」と呼ばれるもの。北朝鮮の核・ミサイル開発を支える中国企業や個人を標的にすることで北朝鮮の動きを封じ込め、中国に対しても北朝鮮に適切な圧力をかけるよう迫る狙いがある。
 ムニューシン氏によると、丹東銀行は「北朝鮮の核・弾道ミサイル開発計画に関連する企業のため、何百万ドルにも上る資金決済を行った」とされ、「北朝鮮が米国を含む国際金融システムにアクセスするための玄関口」となってきた。
 また、財務省によると制裁指定された中国人2人は、先に米国が制裁対象に指定した北朝鮮の金融機関や銀行関係者と結託し、ダミー会社などを通じて北朝鮮による不正な資金調達に協力した。
 制裁対象となった海運会社は大連市に拠点を置き、国連安全保障理事会の制裁で禁輸対象となっている贅沢品の密輸に関与したとされる。いずれも米国内の資産が凍結されるほか、米国人との商取引が原則として禁止される。
 ムニューシン氏はホワイトハウスでの記者会見で、一連の制裁は「中国(政府)を標的としたものではない。中国とは引き続き連携していく」と述べた上で、「(北朝鮮の核・弾道ミサイル開発に関する)カネの流れを追い、資金源を遮断する」と表明した。

■【トランプ政権】対北圧力で中国揺さぶり 中国企業に更なる制裁も – 産経ニュース
http://www.sankei.com/smp/world/news/170630/wor1706300062-s1.html?pdm_ref=rna
(2017.6.30)
【ワシントン=黒瀬悦成】トランプ米政権が、中国の丹東銀行などへの制裁や台湾への武器供与などの措置を次々と打ち出した背景には、核・ミサイル開発を続ける北朝鮮に対して中国が米政権の期待通りに影響力を行使出来ていないことへの不満がある。トランプ大統領は今月上旬にドイツで予定される中国の習近平主席との会談を前に、中国が対北朝鮮圧力に一層前向きに取り組むよう揺さぶりをかけたい考えだ。
 マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)は6月29日、ホワイトハウスでの記者会見で米中首脳会談の実施を発表した際、「中国とは、あくまでも連携して北朝鮮問題に対処していく」と強調し、トランプ政権が北朝鮮問題で中国に対して一方的に圧力をかけているとの見方を否定した。
 しかし、トランプ政権が今回のタイミングで丹東銀行を制裁対象に指定したのは、中国が北朝鮮の核・弾道ミサイル開発の放棄に向けて十分な影響力を行使しようとしない場合は、中国の面目を潰してでも独自行動に踏み切るという覚悟を示す狙いがある。
 実際、ムニューシン財務長官は同日、丹東銀行への制裁を発表した際、今後も「北朝鮮国外にいる、北朝鮮(の核開発)を支える勢力を標的としていく」と語り、中国が対北朝鮮で新たな動きを見せない場合は、他の中国企業や個人にも更なる制裁の網を広げていく構えを強く示唆した。
 米政策研究機関「C4ADS」が6月12日に発表した、中国企業と北朝鮮とのつながりを分析した報告書によれば、中国は北朝鮮の貿易取引の85%を占め、取引上位の中国企業を標的とした制裁を加えれば「北朝鮮の違法な資金の流れを断ち切ることができる」と指摘している。

■米制裁中国企業、日本も独自制裁 政府検討、資産凍結へ – 産経ニュース
http://www.sankei.com/smp/politics/news/170701/plt1707010003-s1.html
(2017.7.1)
 米政府が対北朝鮮制裁の一環として制裁対象に指定した中国の銀行や海運会社などについて、日本政府も独自制裁の対象に追加する方向で検討に入ったことが30日、分かった。訴訟リスクなどを踏まえた上で、関係法令の施行令改正を閣議決定することを目指す。
 政府は米政府の制裁対象となった中国の「丹東銀行」など2団体2個人について情報提供を要請し、北朝鮮によるマネーロンダリング(資金洗浄)への関与などを確認する。その上で資産を凍結し、丹東銀行と日本の金融機関の取引禁止が可能か検討する。
(2017.7.3 大和媛君)

Pluto
日弁連と国連
日弁連は国連NGOとして登録されています。国連広報センターのHPをみると、経済社会理事会の特殊諮問資格 Special Consultative Status の欄に載っています。
 国連NGOに登録されるのは特別なことなのか? 杉田水脈氏によれば3年ほど国連に会計報告を出していれば登録されてしまうそうです (Youtube 「特別番組 ジャーナリスト杉田水脈の突撃レポート~オーストラリア・フランスでリビジョニストと批判される日本」より)。
では、日弁連は国連で何をやっているのか?
 例えば、国連ロビー活動を行い、その結果、特別報告官に任命されたのがスリランカのラディカ・クマラスワミ (Wiki「クマラスワミ報告」より)。すなわち、クマラスワミ報告は日弁連の演出によるもの。
 最近では、ケナタッチ氏の特別報告が、日弁連「共謀罪法案対策本部」の副本部長を務める海渡雄一弁護士が国会で答弁した内容と類似していることが伝えられています(サンケイ 2017.6.14)。疑念の段階ですが、これも日弁連の仕掛けでおうはないかと。
 今回の懲戒請求、狙いは日弁連以外の弁護士団体を認める素材揃えなのかもしれません。 もし別の弁護士団体が認められれば、大挙して普通の弁護士が移動し、日弁連は国連NGOとしての立場を失うことになりそう。資金的にも打撃。国連を反日のツールとして使う動きを封じることが出来るかもしれません。

.....日弁連の異常なまでの反日と朝鮮志向は日本人には理解しがたいところであろう。それは日教組による偏向教育と韓国における国家レベルの歴史ねつ造の産物で、ここ1年、とくに弁護士への告発や懲戒請求によって、彼らの知られたくない事実が巷間あぶり出されてきている。
 異様なまでの反日DNAは裏返してみれば中国に対する属国DNAであり、余命の実体験からいっても中韓の対等関係はあり得ない。外国人によって与えられた自由平等、人権にしがみつくのは彼らの生存の最低条件なのだ。
 過去ログで国家間の優劣と民度の比較について述べているが日中、日韓にはあきらかに
日本>中国>>>>韓国という関係がある。
 いかなる場面であっても、朝鮮人が中国人の上に立つことはあり得ない。政府間レベルの交渉であっても報道されていない部分は実に悲惨である。まさに隷属関係である。ほとんどの場合、恫喝され、凍りつき、沈黙というのが実態である。
 日本人には理解しがたい長年の隷属関係が恐怖という条件反射をひきおこすのだろう。
 その参考資料としてWikipediaから引用した。

(資料)
迎恩門(げいおんもん、ヨンウンムン)は、1896年まで存在していた門(牌坊)である。現在は、大韓民国ソウル特別市西大門区峴底洞(ヒョンジョドン)101番地の独立公園内の独立門の正面に、2本の迎恩門柱礎だけが残っており、大韓民国指定史跡第33号となっている。
概要
迎恩門にて清の冊封使阿克敦(中国語版)を恭しく迎える朝鮮国王
この門は、漢城の西大門である敦義門のすぐ外、義州を経て北京に至る街道に建てられていた。中国の皇帝の臣下であり、冊封国であった朝鮮の歴代の王が、中国の皇帝の使者を迎えるための門であった。1407年には慕華楼という使臣のための建物が建てられていたが、1536年に金安老の建議でそのそばに「迎詔門」を立てた。
 しかし1539年に明の使臣で来た薛廷寵は、使臣は中国皇帝の詔書や勅書や下賜の品々を持ってくるのに、門の名前が「詔だけを迎える」ではおかしいと言いがかりをつけ、朝鮮側は名前を「迎恩門」に変えた。1606年に来た明の使臣朱之蕃が書いた門の扁額が国立古宮博物館にある。
 日清戦争で日本が勝利し、1895年の下関条約で、清の冊封体制から李氏朝鮮は離脱した。こうして大韓帝国が成立、独立協会は迎恩門を取り壊し、1897年に独立の記念として新たに独立門を同じ場所に建てた。迎恩門に隣接して建てられていた慕華館は独立門建立時に独立館に改名された。
崔基鎬によると、迎恩門は明代および清代に朝鮮国王が三跪九叩頭の礼によって使者を迎えた場所だという。
崔基鎬は、
1895年に日本が日清戦争に勝つと、李氏朝鮮は清国の属国としての桎梏をのがれて、独立国となることができた。(中略)1893年には、ソウルの西大門の近くにあった迎恩門が破壊されて、その場所に独立を記念する西洋式の独立門が建立された。
 迎恩門は、李朝を通じて、明、あるいは清の皇帝の勅使がソウルを訪れたときに、朝鮮国王がそこまで迎え出て、勅使に対して九回叩頭する礼を行なう場所だった。今日、独立門は韓国の史蹟32号に指定されている。しかし、今日の韓国民のうち、いったい何人が、そこに韓民族にとって、はかりしれない災禍をもたらした象徴である迎恩門が建っていたことを、知っているだろうか。
 日本にはその歴史を通じて、大清皇帝功徳碑も迎恩門もなかった。私たちから見ると、何と羨ましいことだろうか。かつて李氏朝鮮は中国への卑屈な服従関係と、不正腐敗を覆い隠す名分として、慕華思想という言葉を用いた。誇りを失った李氏朝鮮の末路は、亡国しかなかった。
と評している。

三跪九叩頭の礼
手順
叩頭 (hengkin) とは額を地面に打ち付けて行う礼である。三跪九叩頭の礼では、
「跪」の号令で跪き、
「一叩(または『一叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
「二叩(または『再叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
「三叩(または『三叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
「起」の号令で起立する。
これを計3回繰り返すので、合計9回、「手を地面につけ、額を地面に打ち付ける」こととなる。
紫禁城の前庭での国事祭礼において、皇帝の前で臣下が一斉におこなった。また、琉球王朝や李氏朝鮮では、中国からの勅使に対し、王が王都の郊外に出向き、自ら三跪九叩頭の礼で迎えていた。その郊外の地が琉球の場合は守礼門であり、朝鮮の場合は迎恩門である。
叩頭礼は本来、神仏や直系尊属に対して尊敬の念を示すために行われた礼であった。明の時代になって、大臣たちが皇帝に示す一種の礼儀として叩頭礼が始まったが、当時は「五拝三叩頭の礼」であった。藩属国の朝貢使が入京して皇帝に会うときも、この礼をすることが必要とされるようになった。満洲人は天に対する礼拝に三跪九叩頭の礼を用いており、清が北京に入って後、三跪九叩頭の礼が明代の五拝三叩頭の礼にとってかわった。
各国の対応
琉球王朝
守礼門(上の綾門)
琉球王朝は冊封使を迎えるために立派な門、通称守礼門(写真下)をつくり、「守禮之邦」の扁額を掲げ、宮殿にてこの三跪九叩頭の礼をとっていた。「守禮之邦」の守禮とは皇帝に対する礼を意味する。
国王并三司官以下諸官三跪九叩頭仕、勅使旅館江被相越候間、三司官以下諸官先相備罷通、龍亭彩亭旅館江居、三司官以下三跪九叩頭仕退去
— 「通航一覧・琉球国部 正編 巻之二十三 琉球国部二十三、唐国往来」、重点領域研究「沖縄の歴史情報研究」
李氏朝鮮[編集]
「丙子の役」、「迎恩門」、および「中国朝鮮関係史」も参照
ホンタイジに三跪九叩頭の礼をする朝鮮の仁祖王(大清皇帝功徳碑の銅板レリーフ)
1636年、後金のハーン・ホンタイジが国号を清として新たにその皇帝に即位し、李氏朝鮮に朝貢と明への出兵を求めた。朝鮮の仁祖王が拒絶したため、ホンタイジはただちに兵を挙げ、朝鮮軍はなすすべもなく45日で降伏した。和議の条件の1つに大清皇帝功徳碑を建立させた。仁祖はこの碑を建てた三田渡の受降壇で、ホンタイジに向かって三跪九叩頭の礼を行い、許しを乞うた。
龍胡入報, 出傳汗言曰: “前日之事, 欲言則長矣。 今能勇決而來, 深用喜幸。” 上答曰: “天恩罔極。” 龍胡等引入, 設席於壇下北面, 請上就席, 使淸人臚唱。 上行三拜九叩頭禮。
— 仁祖34卷, 15年 正月30日
イギリス
詳細は「広東システム」を参照
1793年、イギリスの外交官ジョージ・マカートニーは、乾隆帝に謁見した際に三跪九叩頭の礼を要求されるが、これを拒否してイギリス流の儀礼を押し通した。貿易改善交渉、条約締結は拒絶され、帰国した。1813年にはウィリアム・アマーストがやはり三跪九叩頭の礼を拒否し、嘉慶帝への謁見が許されなかった。
明治時代
1873年、台湾出兵の処理に赴いた特命全権大使副島種臣は、同治帝に謁見した際に三跪九叩頭の礼を要求されるが、古典(五倫)を引用して立礼を主張し、最終的に立礼で通した。

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